ハプスブルク帝国の首都として栄えたウィーンは、歴史的には城塞都市であった。そのため旧市街(現在の1区)は周りを城壁で囲まれていた。フランツ・ヨーゼフ皇帝は、城壁は撤去し、現在のウィーンの都市(23区)へと発展していった。
この城壁の跡はリンク通りとなり路面電車が走っている。リンクの中心に位置するのが、シュテファン大寺院である。環状のリンクは、時計回りに行くのが1番系統、反時計回りが2番系統となっている。
赤と白の電車は、ウィーンのシンボル的存在だが、現在は地下鉄と路面電車の双方が市民の足となっている。最下段の画像は、最新型の低床車で赤と白のデザインも変更されている。 |