シェーンブルン宮殿といえば、歴史的に有名な「会議は踊る」のウィーン会議(メッテルニヒ主宰・1814〜1815年)の会場だったことだろう。この宮殿は、17世紀末に建てられ、ハプスブルク王朝の夏の離宮であった。18世紀、マリア・テレジアの代になってバロック様式の華麗な装飾に彩られた宮殿になっていった。中国・インド・ペルシアなど世界中の風景を壁面に埋め尽くした部屋が並んでいる。建物は、あらゆる部屋を合計すると1,441室もあり、マリア・テレジアやエリザベート皇后の暮らした豪華な部屋の数々が残されている。
マリア・テレジアには、16人の王子・王女たちがあり、宮殿の数多くの部屋は、子供たちや仕える者たちのためのものであった。
マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットがここに滞在している時、モーツァルトが招かれ訪れている。マリー・アントワネットは、フランス革命で断頭台の露と消えた悲劇の王妃である。
豪華な宮殿と大庭園には、かつてヨーロッパ最大の帝国として君臨したハプスブルク王朝の栄華を見ることができる。
なお、1961年には米ソのトップ会談として、ケネディ、フルシチョフ会談はここで開かれている。 |