京都「町家小路」写真紀行   京都「町家小路」を写真と文で紹介

東西路
・寺之内通
・上御霊前通
・鞍馬口通
・今宮通
・綾小路通
・一条通
・押小路通
・下立売通
・錦小路通
・元誓願寺通
・五辻通
・今出川通
・三条通
・姉小路通
・上立売通
・新橋通
・蛸薬師通
・二条通
・竹屋町通
・武者小路通
・仏光寺通
・六角通
・椹木町通
・八坂通
・花屋町通
・松原通
・正面通
・東寺通
南北路
・車屋町通
・御幸町通
・堺町通
・寺町通
・富小路通
・木屋町通
・柳馬場通
・麸屋町通
・智恵光院通
・間之町通
・高倉通
・東洞院通
・室町通
・花見小路通
・醒ヶ井通
・西洞院通
・小川通
・堀川通
・油小路通
・新町通
・御前通
・浄福寺通
・千本通
・大宮通
・衣棚通
・釜座通
・両替町通

・坊城通

暖簾(のれん)
南北路
・花見小路通
・寺町通
・麩屋町通
・柳馬場通
・車屋町通
・新町通
・小川通
・堀川通
・木屋町通
・御幸町通
・富小路通
・堺町通
・室町通
・西洞院通
・醒ヶ井通
管理人
リンク集 

釜座通 釜師   京都市中京区
釜座通
 1580年頃から大規模に進められた、豊臣秀吉の京都大改造に開かれた通り。三条通近辺に釜を鋳るものが多く住んでいたことから、釜座通と呼ばれるようになった。
釜座通 釜座通
釜座通・こぬか薬師 釜座通・こぬか薬師
 京都府庁を後にして、釜座通を南に進む。右手に「こぬか薬師」がある。
こぬか薬師
 鎌倉時代の寛喜2年(1230)の冬、疫病が大流行し、命が奪われた。当時の薬師院の住職の夢の中に本尊の薬師如来が現れ、「一切病苦の衆生、わが前に来れば諸病ことごとく治癒するであろう。早く来ぬか(来なさい)、来ぬか」と告げた。住職は大変感激し、世間にこのお告げを広め伝えた。すると京都はおろか、遠い国からも参拝者が訪れ、参拝者の疫病諸病が消えたそうです。それ以来、人々はご本尊の薬師如来を「不来采薬師」「こぬか薬師」と呼ぶようになった。
 また一説によると、この辺りの女性は鹿子(かのこ)髪を結う人が多かった。その女性達に信仰が厚かったことから鹿子薬師、それが訛って「こぬか薬師」となったそうです。
釜座通 釜座通
釜座通 釜座通
 こぬか薬師を後にして更に南に進む。大きな道幅の広い御池通にさしかかる。
釜座通 釜座通
釜座通 釜座通
 雨があがったばかりの中をやや急ぎ足で進む。
釜座通 釜座通
 釜座通は、千家十職の一つ釜師の美術館である「大西清右衞門美術館」前で行き止まりになっている。ここでは、代々の清右衛門の茶の湯釜の作品や釜の伝統と様式を公開している。釜師の表示を見つけて釜座通の由来に納得する。  

大きな地図で見る


Google
WWW を検索 京都「町家小路」 を検索

「京都「町家小路」写真紀行」の画像を利用したい場合は「」より連絡してください。

Copyright(c) 2004-2017 uchiyama.info All Rights Reserved.