京都「町家小路」写真紀行   京都「町家小路」を写真と文で紹介

東西路
・寺之内通
・上御霊前通
・鞍馬口通
・今宮通
・綾小路通
・一条通
・押小路通
・下立売通
・錦小路通
・元誓願寺通
・五辻通
・今出川通
・三条通
・姉小路通
・上立売通
・新橋通
・蛸薬師通
・二条通
・竹屋町通
・武者小路通
・仏光寺通
・六角通
・椹木町通
・八坂通
・花屋町通
・松原通
・正面通
・東寺通
南北路
・車屋町通
・御幸町通
・堺町通
・寺町通
・富小路通
・木屋町通
・柳馬場通
・麸屋町通
・智恵光院通
・間之町通
・高倉通
・東洞院通
・室町通
・花見小路通
・醒ヶ井通
・西洞院通
・小川通
・堀川通
・油小路通
・新町通
・御前通
・浄福寺通
・千本通
・大宮通
・衣棚通
・釜座通
・両替町通

・坊城通

暖簾(のれん)
南北路
・花見小路通
・寺町通
・麩屋町通
・柳馬場通
・車屋町通
・新町通
・小川通
・堀川通
・木屋町通
・御幸町通
・富小路通
・堺町通
・室町通
・西洞院通
・醒ヶ井通
管理人
リンク集 

御前通 北野天満宮への参詣道   京都市上京区
北野天満宮
 平安京の西大宮大路にあたる。西大宮大路は大内裏の西側にあった大きな道であり、北野天満宮に通じている。御池通を右折して御前通に入り、一路北上する。
御前通・JR二条駅 御前通
 右手にJR二条駅の特徴ある屋根が見える。右手(東側)に大きなグラウンドをもつ朱雀公園がやがて見えてくる。この辺り北東方面に大内裏があったと記されている。
御前通・七味六兵衛 御前通・畳屋
 JR山陰本線の高架下を抜けると丸太町通と出会う。少し歩き進めると「七味」とかかれたのれんが目に入る。「七味六兵衛」である。ここでは七味唐辛子を好みに応じて調合してくれる。畳屋の粋なのれんもいい。
御前通・導故寺 御前通・導故寺
御前通・導故寺 御前通・導故寺
 曹洞宗導故寺が右手に見える。一旦は通り過ぎたのだが、苔の美しさに惹かれ戻って来る。大きな寺ではないと思われるが、清楚な落ち着いた雰囲気を感じる。
御前通 御前通
 この飾り(?)の意味するところはわからない。興味深い飾りである。
御前通・たわらや 御前通・たわらや
 北野天満宮に近づく。俵を描いたのれんが目印の「たわらや」。創業は江戸時代とか。修学旅行生のグループがうどんを目当てに入っていく。
 「たわらや」の北は今出川通との交差点で、交差点の向こう側には北野天満宮の鳥居がそびえている。
御前通・北野天満宮 御前通・北野天満宮
 今出川通との交差点を渡る。北野天満宮の鳥居を左手に見ながら、天満宮の東側を通り抜けて行くのが御前通になる。天満宮にお参りに寄ることにする。
北野天満宮 北野天満宮
北野天満宮 北野天満宮
北野天満宮
 菅原道真を祀り、一般に「北野の天神さん」と呼ばれ、学問の神として崇められている。天歴元年(947)の創建と伝え、天徳3年(959)藤原師輔(もろすけ)によって社殿が整備され、天正15年(1587)には、豊臣秀吉が、付近一帯の松原で北野大茶会を催した。
 本殿(国宝)は、豊臣秀頼が、慶長12年(1607)に造営したもので、権現造の代表的遺構である。また、中門は三光門と呼ばれ、後西天皇筆の勅額「天満宮」を掲げている。
 25日の縁日には、骨董市、古着の露店などが境内一円に広がり賑わう。
北野天満宮 北野天満宮
 菅原道真が亡くなったのが丑の年、丑の日、丑の刻ということから、牛は天神様の神使となって奉納されている。この牛の頭をなでると頭が良くなるとか、また、体の具合の悪い所があると、この牛の対応する部分をさすると治るとかいわれている。したがって、牛は参詣客にさすられてピカピカに光っている。
御前通 御前通
 北野天満宮を後にして、更に北に進む。寺之内通と交差する地点で歩いてきた道を振り返る。(左画像)。角に道路案内の碑がある(右画像)。ここで御前通の散策は終わりとする。御前通は更に北に続いている。 

大きな地図で見る


Google
WWW を検索 京都「町家小路」 を検索

「京都「町家小路」写真紀行」の画像を利用したい場合は「」より連絡してください。

Copyright(c) 2004-2017 uchiyama.info All Rights Reserved.