写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

仙台駅 東北地方の基点   宮城県仙台市
夕暮れの仙台駅
仙台駅 仙台駅
仙台駅 仙台駅
 「杜の都」仙台の玄関口。開業110年以上の東北一のターミナル駅。ショッピング、レストラン、ホテル等の施設も充実している。東北地方の要、政治、経済、文化の発信地である。昼間は大勢の人でにぎわっていたが、夜遅くなると静かなたたずまいであった。牛タンを食べた後、しばらく散策する。仙台といえば伊達政宗である。
伊達政宗
 戦国・安土桃山、江戸時代初期の武将。仙台藩主。幼名は梵天丸。18歳で家督を継ぎ米沢を根拠地として勢力を伸ばした。徳川政権成立までは戦国大名の姿そのもので、豊臣秀吉との攻防は有名である。江戸幕府成立後、居城を岩出山から仙台に移し、名実共に仙台藩62万石の大名となり、70歳で没するまで終生藩主の座にあった。海外交易にも力を注ぎ、支倉常長をローマに派遣した。
 また、和歌・能・茶道に通じ、仙台に桃山文化を移植するなど文化面にも貢献した。幼少の頃右目を失明し「独眼竜」と称された。
奥州街道雄姿 仙台駅構内
奥州街道雄姿 奥州街道雄姿
奥州街道雄姿 奥州街道雄姿
奥州街道雄姿 奥州街道雄姿
奥州街道雄姿 奥州街道雄姿
 奥州街道は、江戸千住から白河の関、仙台を経て遠くは三廐まで114次、200里22丁を総称しており、みちのくの中心的街道となっていた。
 このレリーフは、仙台の原町、苦竹に当時のまま現存している、「西御城下」の道標(青葉城まで26丁〜約2700m位置)を中心に、いろいろの職業の人達の旅姿を表現したものです。(昭和52年12月15日設置:制作費2500万円)説明文より
 仙台駅構内を歩いてると見かける。通り過ぎる人がほとんだだったが、私がじっと見ていると通りかかった人が足を止めて見始める。不思議なもので、こうして見る人がいると後に続くものである。人間の心理かな? 

 外部リンク  日本観光振興協会  JR東日本  仙台観光コンベンション協会

地図

北海道
函館駅 札幌駅 美瑛駅
東北
八戸駅 石巻駅 青森駅 新庄駅 仙台駅
山寺駅 秋田駅 大曲駅 盛岡駅 雫石駅
浅虫温泉駅 野辺地駅 角館駅
関東
東京駅 上野駅 京成・柴又駅 桜木町駅 国際展示場駅
川口駅 水上駅 千葉駅 君津駅 木更津駅
品川駅 舞浜駅 岩本駅 土合駅 大平台駅
塔ノ沢駅 鎌倉駅 新横浜駅 横浜駅 深谷駅
極楽寺駅
甲信越
湯田中駅 奈良井駅 白馬駅
東海
浜松駅 豊橋駅 静岡駅 下田駅 セントレア駅
水窪駅 名古屋駅 鳥羽駅 岐阜駅 熱海駅
清水駅 津駅 三島駅 千頭駅 豊川駅
山崎駅 大垣駅 大嵐駅 家山駅new
北陸
城端駅 宇奈月温泉駅
近畿
叡電・鞍馬駅 紀伊田辺駅 彦根駅 京都駅 三ノ宮駅
湯浅駅 米原駅 トロッコ嵐山駅 新神戸駅 叡電・出町柳駅
草津駅 二条駅 大阪駅 長浜駅 宇治駅
嵯峨嵐山駅 トロッコ嵯峨駅 桜井駅 長谷寺駅
中国
旧大社駅 福山駅 津和野駅 折居駅 岡山駅
尾道駅
四国
松山駅 道後温泉駅
九州
博多駅 由布院駅 長崎駅 島原駅

コメント
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/342




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2007-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.