この電車は、明治28年1月31日に日本最初の交通輸送業電車として、京都電気鉄道が運行したものである。当初は伏見線・木屋町線・鴨東線(平安神宮の在る岡崎附近にも敷設されていた)を開通、次いで明治33年には北野線、37年には西洞院線を増設・運行し、我が国電気鉄道の先駆けとして交通事業に貢献するところが多かった。しかし、明治45年6月京都市が市営電気軌道の営業を開始し、大正7年6月、京都市に合併された。その後、昭和2年4月までの間に、木屋町線・出町線・烏丸丸太町線等の路線が随時廃止され、主要路線は取り替えられたのだが北野線のみ、そのままで残された。
しかし、時勢の推移は如何ともすることができず、最後のこの線も、昭和36年7月を以って廃止され、永年チンチン電車の愛称で親しまれた我が国最古の電車もその姿を消すことになった。
ここに展示してある電車は、当初のものであり、平安神宮創建とも深い関係があることから京都市より払い下げを受け、記念として保存している。車体は梅鉢鉄工所の制作、電動機はアメリカゼネラルエレクトリック社の製品である。昭和31年頃、神戸製鉄株式会社によって修理が施された。(平安神宮・神苑にて撮影) |