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東光寺 毛利家   山口県萩市
東光寺
東光寺 東光寺総門
東光寺山門
 護国山東光寺は、元禄4年(1691)に3代藩主毛利吉就が萩出身の名僧慧極(えごく)を開山として創建した全国屈指の黄檗宗の寺院で、大照院と並んで毛利家の菩提寺である。総門、三門、鐘楼、大雄宝殿はいずれも国の重要文化財に指定されており、名刹の面影を残している。
 本堂裏の毛利家墓所は国指定の史跡で、吉就から11代までの奇数代の藩主とその夫人及び一族、関係者の墓があり、墓前には藩士が寄進した500余基の石灯籠が立ち並ぶ。
 総門の創建は、元禄6年(1693)の慧極筆「護国山」の扁額が掲げてあるので、その頃完工されたものと思われる。建物は、三間二戸の八脚門、桁行8.7m、梁間3.12m、一重切妻造、中央高屋根左右低屋根段違い本瓦葺である棟の両端には摩伽羅を飾り、黄檗宗特有の形式を示す遺構である。
東光寺 東光寺
 東光寺大雄宝殿の鬼瓦は、NHKの大河ドラマ「太閤記」放送時のタイトルバックとして登場したものです。
 鬼瓦は棟を整える目的と魔除けとしての意味をもつといわれているが、この大雄宝殿の屋根には24個もの鬼瓦が各棟に据えられている。昭和42年(1967)の大修理の際に鬼瓦の大部分が修理修復された。
 大雄宝殿の南東隅棟、二の鬼の位置に据えられた鬼瓦は、現存する創建当時そのままの鬼瓦の中の一つで、元禄時代の文化・技術を知る上で貴重なものといえる。
東光寺・萩藩主毛利家墓所
東光寺・萩藩主毛利家墓所 東光寺・萩藩主毛利家墓所
東光寺・萩藩主毛利家墓所
萩藩主毛利家墓所>東光寺墓所
 東光寺墓所は、3代藩主毛利吉就から11代までの奇数代の5藩主とその夫人及び一族、関係者の墓40基などがあり、総面積5,179.55uである。墓の周囲には玉垣16か所、神道碑6基、鳥居5基、石燈篭500数基、参道の石畳などの石造物が墓所入口の小門内にある。また門外には放生池と、それに架かる石橋、維新殉難者の墓などがある。
 小門内の藩主夫妻・一族その関係者の墓は唐破風の笠石を付けた角柱形で、特に藩主夫妻のものには家紋が陽刻してある。
 天樹院墓所(萩藩祖毛利輝元の墓)、大照院墓所(初代藩主秀就と2代から12代藩主の墓)とあわせこれら3ヵ所の墓所は、藩政時代の大名家の葬制や墓制を知る上で貴重である。
東光寺・四大夫十一烈士の墓 東光寺・楫取道明の墓
四大夫十一烈士の墓
 元治元年(1864)に勃発した禁門の変と下関戦争の敗北により、萩藩は幕府へひたすら謝罪降伏する藩論へと転換し、尊皇攘夷派(急進派)が一掃されて恭順派が藩の政権を握った。
 第一次長州出兵が迫る中、益田右衛門介・国司信濃・福原越後の3家老が禁門の変の責任を問われ、同年11月11日に自刃を命ぜられ、また12月25日、家老の清水清太郎も自刃を命ぜられた。
 さらに10月24日、尊皇攘夷派の11人が野山獄に投獄され、11月12日に竹内正兵衛・中村九郎・佐久間佐兵衛・宍戸佐馬之介の4人が、ついで12月19日に前田孫右衛門・毛利登人・山田亦介・渡辺内蔵太・楢崎弥八郎・大和国之助・松島剛蔵の7人が斬首された。
 明治維新後、旧藩士杉孫七郎や杉民治(吉田松陰の兄)らは、殉死した四大夫、十一烈士の墓が各所に散在し、香花も絶えて十分な世話もできない状態であることを見聞きし、明治22年(1889)彼らの招魂墓を建立した。のち明治31年(1898)には、禁門の変の責任を感じて自刃した周布政之助の招魂墓も、同所に建立された。 
楫取道明の墓
 楫取道明は政5年(1858)、小田村伊之助(のちの楫取素彦)次男として生まれた。母は吉田松陰の妹寿(ひさ)。幼名を久米次郎といい、久坂玄瑞の養子となったが、のち復籍して兄篤太郎は小田村家、道明は楫取家をそれぞれ継いだ。
 明治8年(1875)司法省に出仕し、のち宮内省、内閣府の職務を歴任した。日本の領土となった台湾の教育制度の確立と興隆を図るため、明治28年(1895)学務部員として台北市内に開校した芝山巌学堂に赴任した。他の5名の学務部員と起居を共にして、情熱をもって学童の教育に専念したが、明治29年(1896)抗日派住民の襲撃にあい、他の部員5人とともに殉職した。(享年39歳)。彼らの教育精神は、芝山巌精神と称され、人々の間に語り継がれるようになった。
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