写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <寺を巡る写真紀行


 印象深い景色
坂道灯台横丁・小路街角通り温泉
 史 跡
街道史跡城・城跡人物奥の細道墓地・終焉地Play Back
 建築・構造物
伝統的建築先端建築神社漁港垣根
 自 然
池・沼海岸
 産業・交通
伝統・地場産業バスターミナル国内線自動車・バイク道風景
 四季の景色
棚田春景色夏景色秋景色冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台祭・イベント夜景テ−マパ−ク釣り
 管理人
管理人備忘録リンク集

龍潭寺A 井伊家菩提寺   静岡県浜松市
龍潭寺・庭園
龍潭寺・庭園 龍潭寺・庭園
龍潭寺・庭園
龍潭寺庭園
 庭園は、本堂の裏にあり、左右に細長くのびている。池の後に築山が広がる。池は心の字を形どった「心字池」である。小堀遠州流の作庭、国指定文化財名勝記念物。
龍潭寺・正夢の稲荷 龍潭寺・正夢の稲荷
正夢の稲荷
 江戸時代中頃、当山9世祖山和尚の夢枕に稲荷大明神が立った。
 「われは昔よりこの山に住む稲荷である。祠がこわれて今住むところがなく困っている。ここに金三両を置く。われのために新しい祠を建ててくれ。」と和尚に告げた。
 翌朝、和尚が枕元を見ると、夢のお告げの通り黄金三両が置かれてあった。和尚は早速新しい祠を造り、稲荷大明神を寺の鎮守様として大切に祀った。
 それ以来「夢をかなえてくださる正夢稲荷」として信仰され今日に到っている。
 「稲荷」は五穀豊作の神です。インドの神、ダキニテン(善人を守る神)と五穀豊作の神が一つになった神です。キツネはその神の使いといわれる。
龍潭寺・開山堂 龍潭寺・開山堂
 開山堂。元禄15年(1702)建立。
龍潭寺・御霊屋 龍潭寺・御霊屋
龍潭寺・御霊屋
御霊屋
 井伊家霊殿。寛保2年(1742)建立。堂内には、元祖の共保(右)、22代直盛(中)、24代直政(左)の木像が安置されている。井伊直弼の位牌も祀られている。
 井伊谷(いいのや)を本拠地としてきた井伊氏は、平安時代より戦国時代まで、遠江の代表的国人領主として西遠地方(静岡県西部地方)を治めてきた。井伊介を名乗り鎌倉幕府に仕え、南朝方の皇子宗良親王を迎え、北朝軍と戦った。室町時代、遠江に侵攻した今川軍との戦いに敗れ、その支配下に入った。
 戦国時代の永禄3年、22代井伊直盛が桶狭間で戦死、永禄5年には、23代直親が今川の手で殺される。龍潭寺二世南渓和尚はこの井伊家の危機に、直盛の一人娘井伊直虎(次郎法師)を女性地頭(女領主)に立て、幼い24代井伊直政の後見人とした。
 永禄11年に徳川家康が、元亀3年には武田信玄が井伊領に侵攻(三方原合戦)する。南渓和尚と井伊直虎、遺児直政を三河鳳来寺にかくまい、天正3年、15歳に成長した直政を浜松城で家康に出仕させる。直政は「赤備え」軍団を率い武勲をたて、徳川軍団筆頭に出生し見事井伊家を再興し、江州佐和山(彦根)に移った。
 井伊家は江戸時代を通して江戸幕府を支え、幕末には大老井伊直弼が開国・攘夷の渦巻くなか開国を決断し、日本の近代国家誕生の基を築いた、
 この御霊屋には、井伊家千年にわたる祖霊を祀っている。
龍潭寺・子育て地蔵 龍潭寺・梛の木
子育て地蔵> -虎松の無事成長祈願仏-
 戦国末期徳川軍団筆頭となり。彦根18万石城主に出世した井伊直政は、幼名を虎松といった。虎松は幼少の頃、井伊谷(いいのや)で実に苦難の道をたどる。
 永禄5年(1562)虎松2歳の時、父直親は今川氏真の手により、掛川城下で殺される。虎松も殺す命令が出るが、家老新野佐馬助の助命嘆願で救われた。この事件以後、井伊氏は存亡の危機を迎える。
 永禄6年20代直平出陣の途中急死、翌年井伊城代家老中野信濃守が引馬城攻めで戦死する。そしてついに永禄11年(1568)秋、虎松8歳の時、井伊領を家老小野但馬が横領する。
 この時期虎松母子は、祖母・叔母に保護され龍潭寺内松岳院に身を寄せていた。直政の母お地蔵さまを造り、密かに境内に祀り、その傍らに神木「梛(なぎ)」を植え、我が子の安泰を日々念じていた。
 永禄11年12月徳川家康が侵攻、井伊領を占拠する。危機を察知、南渓和尚は虎松を鳳来寺に預ける。無事にたくましく成長した虎松は天正3年(1575)15歳で家康に出仕、見事に井伊家を再興した。
龍潭寺 梛の木
 井伊家24代井伊直政(幼名虎松)幼少の頃、井伊家の安泰を念じて植えられた神木です。
 1560年(永禄年間)当時の井伊家は、22代直盛の戦死、23代直親が誅殺され、家老小野但馬の謀反など受難の時期だった。直政母子は龍潭寺松岳院に身を寄せ、お地蔵さまを祀りその傍らに「梛の木」を植えて我が子の安泰を日々念じたといわれる。
 「なぎ」は風や波が穏やかになる例えで、昔から厄除け災難が収まるともいわれている。
・樹種:いぬまき科の常緑高木
・樹齢:400年(推定)
・樹高:19m
・幹周:2.67m(直径85p)
龍潭寺・庫裡 龍潭寺・東門
 東門は、旧鐘楼堂で一番古い建物(1631)です。
龍潭寺・歴代井伊氏の墓
 井伊氏歴代の墓
 井伊直虎(次郎法師)は、井伊家22代当主・直盛の一人娘。
 直盛には男子がなく、早くより従兄弟の井伊直親を許婚として家督を継がせる予定であった。ところが天文13年(1544)直親の父・直満が今川義元に殺され、自身も命を狙われたため直親は信州市田(長野県高森町)生源寺に身を隠した。
 直虎は悲観し、龍潭寺で出家し次郎法師を名乗る。弘治元年(1555)、直親は井伊谷に戻り、直盛の養子となり奥山朝利の娘と結婚。
 永禄3年(1560)、桶狭間の戦いで直虎の父・直盛戦死。井伊家の家臣多数死亡し大きな損失を被る。
 永禄4年(1561)、2月井伊直政(虎松)誕生。家督を継いだ23代直親、岡崎の松平元康(家康)と反今川で内通する。
 永禄5年(1562)、直親が掛川城下で今川の手で謀殺されると井伊家は存続の危機に。翌年、20代直平死去。翌々年、城代家老中野信濃守引馬城攻めで戦死。井伊の名を継ぐ男子は、4歳の遺児虎松(24代直政)ただ一人となる。
 永禄8年(1565)、龍潭寺南渓和尚の計らいで次郎法師を後見人として井伊直虎と名乗り、女領主となり井伊家を支えた。
 井伊谷徳政令の難題に対し優れた政治手腕を発揮した。直虎は歴代当主に記名はないが受難の井伊家を支え見事にお家を再興した、直虎は後世に語り継がれるおんな城主である。
 鳳来寺に身を隠していた直政を天正3年(1575)浜松城主家康に仕えさせ、出世を見届けた直虎は、天正10年(1582)激動の人生に幕を閉じる。墓は龍潭寺境内、直親の隣りに眠る。(龍潭寺説明文より)
・父 井伊家22代井伊直盛
・母 新野佐馬助親矩(ちかのり) 妹(祐椿尼・松岳院)
北海道
函館 称名寺 高龍寺
東北
山形 光禅寺 専称寺 国分寺薬師堂
円蔵寺 義経寺
関東
木更津 證誠寺 選擇寺
東京 新宿区 善国寺
中央区 築地本願寺 地蔵寺
葛飾区 柴又帝釈天
荒川区 経王寺 浄光寺 養福寺
目黒区 目黒不動
豊島区 高岩寺
港区 赤坂不動尊 賢崇寺 泉岳寺 赤坂豊川稲荷
中野区 新井薬師
台東区 浅草寺 弁天堂 伝法院 源空寺 入谷鬼子母神
観音寺 かっぱ寺 大円寺 清水観音堂 築地本願寺
文京区 伝通院 護国寺 吉祥寺 源覚寺 講安寺
麟祥院 慈眼院 善光寺 昌清寺new
墨田区 回向院
足立区 源長寺
江東区 深川不動堂
鎌倉 建長寺 円覚寺 鎌倉大仏 東慶寺 長谷寺
浄妙寺 杉本寺 報国寺 海蔵寺 覚園寺
常栄寺 瑞泉寺 宝戒寺 本覚寺 妙本寺
妙骼 極楽寺 成就院 星の井寺 満福寺
浄智寺 鎌倉半僧坊 薬王寺
總持寺 龍口寺 成田山新勝寺
甲信越
広拯院月見堂 光前寺 善光寺 久遠寺 天宗寺 温泉寺
梅翁寺
東海
名古屋 大須観音 高徳院 子守地蔵尊
豊田 廣圓寺 松月寺 西運寺 嶺雲寺
静岡 臨済寺 清見寺
浜松 安寧寺 鴨江寺 瑞雲院 妙恩寺 地蔵院
普済寺 清瀧寺
湖北五山 龍潭寺@ 龍潭寺A 摩訶耶寺 宝林寺 大福寺
方広寺
袋井 油山寺 可睡斎
湖西 本興寺 蔵法寺
森町 大洞院 全生寺
稲沢 善光寺東海別院 祐専寺
西尾 円融寺 華蔵寺 源徳寺
岡崎 大樹寺 大泉寺 妙源寺 隋念寺
新城 大通寺 医王寺
豊川 浄泉寺 正法寺 長福寺 豊川稲荷
修禅寺 長誓寺 了仙寺 大御堂寺
北陸
高岡大仏
近畿
京都 左京区 南禅寺@ 南禅寺A 銀閣寺 寂光院 金地院
鞍馬寺 曼殊院 常林寺 詩仙堂 勝林院
宝泉院 実光院 三千院 金戒光明寺 光雲寺
天授庵 南禅院 妙満寺 圓通寺 峰定寺
金福寺 蓮華寺 妙満寺 永観堂
右京区 化野念仏寺 祇王寺 神護寺 妙心寺 仁和寺
二尊院 龍安寺 西明寺 清涼寺 滝口寺
天龍寺 慈眼堂 常寂光寺 常照皇寺 大覚寺
宝筐院 衡梅院 妙光寺
中京区 本能寺 六角堂 矢田寺 こぬか薬師 行願寺(革堂)
空也堂 正運寺 壬生寺 大福寺 瑞泉寺
善導寺 法雲寺
上京区 相国寺 廬山寺 法輪寺(達磨寺) 妙覚寺 竹林寺
導故寺 大法恩寺 本骼 茶くれん寺 宝鏡寺
妙顕寺 妙蓮寺 大應寺 本法寺 西林寺
雨宝院 石像寺 称念寺 浄福寺 智恵光院
下京区 東本願寺 西本願寺 平等寺 明王院不動寺 光圓寺
仏光寺 北来地蔵菩薩 粟嶋堂 本山興正寺
西京区 西芳寺(苔寺) 地蔵院 淨住寺 善峯寺
東山区 方広寺 建仁寺 清水寺 高台寺 八坂庚申堂
六波羅蜜寺 三十三間堂 退耕庵 知恩院 東福寺
泉涌寺 今熊野観音寺 八坂の塔 大雲院 安養寺
東大谷 仲源寺 なすあり地蔵菩薩 六道珍皇寺 烏寺
摩利支尊天堂 興正寺本廟 雪舟寺
北区 大仙院 大徳寺 源光庵 金閣寺 正伝寺
等持院 神光院 常照寺 光悦寺 西方寺
芳春院 閑臥庵 上善寺
南区 東寺
山科区 勧修寺
伏見区 西岸寺
宇治 平等院 恵心院 興聖寺
奈良 唐招提寺 興福寺 東大寺 薬師寺 般若寺
元興寺 十輪院 淨教寺 法徳寺 法華寺
飛鳥 岡寺 橘寺 法然寺 飛鳥寺
近江八幡 瑞龍寺 長命寺
京田辺 一休寺 観音寺
木津川 蟹満寺 神童寺 岩船寺 浄瑠璃寺
大山崎 観音寺 宝積寺
赤穂 花岳寺 萬福寺
室生寺 長谷寺 善福寺 西明寺 正法寺 法善寺
宗安寺 延命地蔵尊 金峯山寺 深専寺 神蔵寺 百済寺
法隆寺 地蔵禅院 石山寺
中国
尾道 西国寺 天寧寺塔婆 浄土寺 信行寺
山口 龍福寺 瑠璃光寺
永明寺(津和野) 東光寺(下関) 大寧寺 東光寺(萩) 向月寺(高梁)
四国
円福寺 高昌寺 金剛福寺
九州
興福寺 承天寺


Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2017 uchiyama.info group All Rights Reserved.