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承天寺 聖一国師   福岡県福岡市
承天寺
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承天寺
 仁治3年(1242)、博多祇園山笠の創始者といわれる聖一国師(しょういちこくし)によって開山された。(臨済宗東福寺派)
 建立に際しては、宋からの帰化人で貿易商の謝国明が聖一国師を助け、太宰少弐・藤原(武藤)資頼(すけより)が資財を施すなど金銭的に援助した。また、境内には博多織の始祖満田彌三右衛門(みつたやざえもん)の碑や聖一国師が伝えたとされる饂飩(うどん)・蕎麦(そば)や饅頭(まんじゅう)発祥の記念碑がある他、墓所には新派劇の創始者川上音二郎の墓がある。
新演劇の祖・川上音二郎墓所
 音二郎さんは、当時、演劇といえば歌舞伎しかなかった日本の演劇界に、壮士芝居から発展して戦争劇。新派劇・シェイクスピア劇を紹介、「新演劇の祖」と称される。また江戸時代からの旧劇(歌舞伎)の複雑で高価だった料金システムを一元化し(入口で観覧料を一回払うだけの現在の明朗会計システム)、演劇を大衆に身近なものにしたその功績は非常に大きい。
 ところで明治28年(1895)歌舞伎座の舞台で戦争劇(威海衛陥落)を上演し大入りをとったのにカチンときたのが、九代目市川團十郎。素人あがりの役者に歌舞伎の殿堂の檜舞台を踏ませたと激怒し『舞台を削り直せ!』と言ったとか、実際に削り直させた?とか。
承天寺、○饂飩・蕎麦発祥之地の碑、○御饅頭所の碑 ○満田彌三右衛門の碑
饂飩・蕎麦発祥之地の碑>(上画像左)
 仁治2年(1241年)、中国の宋より帰国した聖一国師は、羹、饅、麺の製法とともに、製粉技術も日本に持ち帰った。羹は羊羹(ようかん)、饅は饅頭(まんじゅう)、麺は饂飩(うどん)・蕎麦(そば)等を指すが、聖一国師により伝えられた製法・製粉技術のおかげで、日本の粉食文化が大きく発展したとこは言うまでもない。この碑は、博多の地における聖一国師の偉業を後世へと伝えるものです。
御饅頭所の碑>(上画像中)
 仁治2年(1241年)、中国の宋より帰国した聖一国師が、ある日、禅の布教に出向いた先でとある茶店に立ち寄ったところ、茶店の主人にこころづくしの歓待を受けた。それに喜んだ聖一国師は、南宋から持ち帰った饅頭の製法を教え、「御饅頭所」の看板まで書き与えた。これにより、博多の地が饅頭発祥の地とされている。看板は現存し、東京の「虎屋」が所蔵。その古い複製が博多松屋に伝えられている。
満田彌三右衛門の碑>(上画像右)
 鎌倉時代の嘉禎元年(1235)、聖一国師とともに中国・宋に渡った彌三右衛門は、6年後の仁治2年(1241)、織物・じゃこう・素麺・箔・朱の製法を日本に持ち帰った。これらの製法は博多の人々に広く伝えられたが、その中の織物技術のみ家伝とされ、その後、独自の技法を加えながら現代に伝わっているのが「博多織」です。
 この名称は、江戸時代の福岡藩初代藩主・黒田長政が、幕府への献上品としたことから、『献上・博多織』と呼ばれるようになった。

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