写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <寺を巡る写真紀行


 印象深い景色
坂道灯台横丁・小路街角通り温泉
 史 跡
街道史跡城・城跡人物奥の細道墓地・終焉地Play Back
 建築・構造物
伝統的建築先端建築神社漁港垣根
 自 然
池・沼海岸
 産業・交通
伝統・地場産業バスターミナル国内線自動車・バイク道風景
 四季の景色
棚田春景色夏景色秋景色冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台祭・イベント夜景テ−マパ−ク釣り
 管理人
管理人備忘録リンク集

龍口寺 日蓮宗霊跡本山   神奈川県藤沢市
龍口寺・本堂
龍口寺・本堂 龍口寺・本堂
龍口寺・本堂 龍口寺・本堂
龍口寺・本堂
龍口寺
 鎌倉時代、日本は内乱や大震災・飢餓疫病の蔓延など、まさぬ地獄の様な状況にあり、それらを憂えた日蓮聖人は、『立正安国論』を著し幕府に奏上し,法華経の思想に基づく国家の安寧と民衆の救済を提起した。,
 しかし、幕府はこれを政策への中傷と受け止め、『貞永式目』の「悪口の咎(とが)」に当たると解釈し、文永8年(1272)9月12日、鎌倉松葉ヶ谷の草庵で説法中の日蓮聖人を捕らえ、市中引き回しの上、この龍ノ口の刑場に連行した。
 日蓮聖人の場合、幕閣による評定(裁判)を経ず刑場に連行した為、幕閣からも異議が出され、処刑中止を求める意見が多く、幕府は夜半に至り龍ノ口の刑場へ処刑中止の使者を送った。
 その間にも刑場では評定の決定を待ちかねて、13日子丑の刻(午前2時頃)、日蓮聖人を土牢から引き出し、敷皮石(座布団状の石に皮を敷く)に坐らせ、斬首の準備を調えた。
 その瞬間、江ノ島の方より満月のような光りものが飛び来り、執行人は眼がくらみ、畏れおののき混乱の中、使者が到着し斬首の刑は中止となった。
 その後、幕府の面目もあり、佐渡島へ3年間流罪となったが、この大法難によって日蓮聖人は「上行菩薩の再誕・法華経の行者」としての信念を一層深められ、その後、数々の重要な法門を著述した。
 この霊場は、延元2年(1337)、直弟子の日法聖人が刑場跡に「敷皮堂」を建て、自作の祖師像を安置したのが始まりであり、大聖人自ら『龍ノ口に日蓮が命をとどめおくことは法華経の御故なれば、寂光土ともいうべきか』と獅子吼された隋一の霊場である。
龍口寺・刑場跡 龍口寺・刑場跡
刑場跡
 当地は鎌倉時代の刑場跡である。幕府の公式記録である『吾妻鏡』には腰越、龍ノ口に於いて斬首との記載が多く見られる。
 奈良時代の僧・泰澄、一説には鎌倉時代の僧・文覚が龍口明神に法味を供養したところ、国に背く悪人が出来した時は首を斬り社頭に掛けよ、との神託を受けた。これによって龍の口が処刑場になったと旧記にある。
 文永8年(1272)9月13日子丑の刻(午前2時)、日蓮聖人は『立正安国論』の諫言により、
幕府に捕らえられ、この刑場・敷皮石(首の座)にすえられた。しかし、処刑の瞬間、時あたかも江の島の方より満月の如き光りもの飛び来りて、執行人共は眼がくらみ、この奇端の為、ついに大聖人の首を斬ることができなかった。
 かくして此処は日蓮大聖人龍口法難の霊場であり、世の安寧の為に身命を賭けられた寂光土と称され所以である。
龍口寺・五重塔 龍口寺・五重塔
五重塔
 仏教の開祖であるお釈迦さまが亡くなられた時、その遺体は荼毘(火葬)に付され、その遺骨(仏舎利)は八つに分骨されて、その当時、インドで主流の八部族に渡された。そして、八つの部族は塔を建立し、それぞれに頂いた仏舎利を、その中に安置してお祀りした。
 この塔のことを、古代インドの言葉である梵語(ぼんご・サンスクリット語)で「ストゥーバ)という。このストゥーバが五重塔の起源であり、法要で供養する卒塔婆の語源である。
 五重塔は、この世と、また、私たち人間を形づくっている五つの要素である「地」、「水」、「火」、「風」、「空」の五大を意味する。
 龍口寺の五重塔は、明治43年(1910)竣工、欅造り銅板葺き、神奈川県で唯一の木造本式五重塔である。初層の上部には彫刻師・一元安信の手になる日蓮大聖人御一代記が奉納されている。
 「神奈川建築物百選」にも選定されている剛健優美な五重塔である。
龍口寺・仁王尊像 龍口寺・仁王尊像
龍口寺・山門 龍口寺・山門
仁王尊像
 仁王門の仁王尊像は彫刻家 村岡久作氏の作。
山門
 山門は、元治元年(1864)竣工。欅造り銅版葺。正面に「龍口寺」、裏面に「寂光山」の扁額が掛かる。山門の彫刻は、中国の故事が細密に彫られており見応えがある。
龍口寺・鐘楼堂 龍口寺・鐘楼堂
鐘楼堂
 昭和44年(1989)、龍ノ口法難750年を記念し、中山法華経寺から移築された「延寿の鐘」。お題目を唱えれば、一人一回まで突くことができる。
龍口寺・本堂 龍口寺・仁王門
本堂
 天保3年(1832)建立。欅造り銅版葺。敷皮石を安置することから「敷皮堂」とも称し、堂内正面にその扁額が掛かる。
仁王門
 昭和48年(1973)竣工。鉄筋コンクリート造り瓦葺。
>
北海道
函館 称名寺 高龍寺
東北
山形 光禅寺 専称寺 国分寺薬師堂
円蔵寺 義経寺
関東
木更津 證誠寺 選擇寺
東京 新宿区 善国寺
中央区 地蔵寺
葛飾区 柴又帝釈天
荒川区 経王寺 浄光寺 養福寺
目黒区 目黒不動
豊島区 高岩寺
港区 赤坂不動尊 賢崇寺 泉岳寺 赤坂豊川稲荷
中野区 新井薬師
台東区 浅草寺 弁天堂 伝法院 源空寺 入谷鬼子母神
観音寺 かっぱ寺 大円寺 清水観音堂 築地本願寺
文京区 伝通院 護国寺 吉祥寺 源覚寺 講安寺
麟祥院 慈眼院 善光寺 昌清寺new
墨田区 回向院
足立区 源長寺
江東区 深川不動堂
鎌倉 建長寺 円覚寺 鎌倉大仏 東慶寺 長谷寺
浄妙寺 杉本寺 報国寺 海蔵寺 覚園寺
常栄寺 瑞泉寺 宝戒寺 本覚寺 妙本寺
妙骼 極楽寺 成就院 星の井寺 満福寺
浄智寺 鎌倉半僧坊 薬王寺
總持寺 龍口寺 成田山新勝寺
甲信越
広拯院月見堂 光前寺 善光寺 久遠寺 天宗寺 温泉寺
梅翁寺
東海
名古屋 大須観音 高徳院 子守地蔵尊
豊田 廣圓寺 松月寺 西運寺 嶺雲寺
静岡 臨済寺 清見寺
浜松 安寧寺 鴨江寺 瑞雲院 妙恩寺 地蔵院
普済寺 清瀧寺
湖北五山(浜松) 龍潭寺@ 龍潭寺A 摩訶耶寺 宝林寺 大福寺
方広寺
袋井 油山寺 可睡斎
湖西 本興寺 蔵法寺
森町 大洞院 全生寺
稲沢 善光寺東海別院 祐専寺
西尾 円融寺 華蔵寺 源徳寺
岡崎 大樹寺 大泉寺 妙源寺 隋念寺
新城 大通寺 医王寺
豊川 浄泉寺 正法寺 長福寺 豊川稲荷
修禅寺 長誓寺 了仙寺 大御堂寺
北陸
高岡大仏
近畿
京都 左京区 南禅寺@ 南禅寺A 銀閣寺 寂光院 金地院
鞍馬寺 曼殊院 常林寺 詩仙堂 勝林院
宝泉院 実光院 三千院 金戒光明寺 光雲寺
天授庵 南禅院 永観堂 圓通寺 峰定寺
金福寺 蓮華寺 妙満寺@ 妙満寺A
右京区 化野念仏寺 祇王寺 神護寺 妙心寺 仁和寺
二尊院 龍安寺 西明寺 清涼寺 滝口寺
天龍寺 慈眼堂 常寂光寺 常照皇寺 大覚寺
宝筐院 衡梅院 妙光寺
中京区 本能寺 六角堂 矢田寺 こぬか薬師 行願寺(革堂)
空也堂 正運寺 壬生寺 大福寺 瑞泉寺
善導寺 法雲寺
上京区 相国寺 廬山寺 法輪寺(達磨寺) 妙覚寺 竹林寺
導故寺 大法恩寺 本骼 茶くれん寺 宝鏡寺
妙顕寺 妙蓮寺 大應寺 本法寺 西林寺
雨宝院 石像寺 称念寺 浄福寺 智恵光院
下京区 東本願寺 西本願寺 平等寺 明王院不動寺 光圓寺
仏光寺 北来地蔵菩薩 粟嶋堂 本山興正寺
西京区 西芳寺(苔寺) 地蔵院 淨住寺 善峯寺
東山区 方広寺 建仁寺 清水寺 高台寺 八坂庚申堂
六波羅蜜寺 三十三間堂 退耕庵 知恩院 東福寺
泉涌寺 今熊野観音寺 八坂の塔 大雲院 安養寺
東大谷 仲源寺 なすあり地蔵菩薩 六道珍皇寺 烏寺
摩利支尊天堂 興正寺本廟 雪舟寺
北区 大仙院 大徳寺 源光庵 金閣寺 正伝寺
等持院 神光院 常照寺 光悦寺 西方寺
芳春院 閑臥庵 上善寺
南区 東寺
山科区 勧修寺
伏見区 西岸寺
宇治 平等院 恵心院 興聖寺
奈良 唐招提寺 興福寺 東大寺 薬師寺 般若寺
元興寺 十輪院 淨教寺 法徳寺 法華寺
飛鳥 岡寺 橘寺 法然寺 飛鳥寺
近江八幡 瑞龍寺 長命寺
京田辺 一休寺 観音寺
木津川 蟹満寺 神童寺 岩船寺 浄瑠璃寺
大山崎 観音寺 宝積寺
赤穂 花岳寺 萬福寺
室生寺 長谷寺 善福寺 西明寺 正法寺 法善寺
宗安寺 延命地蔵尊 金峯山寺 深専寺 神蔵寺 百済寺
法隆寺 地蔵禅院 石山寺
中国
尾道 西国寺 天寧寺塔婆 浄土寺 信行寺
山口 龍福寺 瑠璃光寺
永明寺(津和野) 東光寺(下関) 大寧寺 東光寺(萩) 向月寺(高梁)
四国
円福寺 高昌寺 金剛福寺
九州
興福寺 承天寺


Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2017 写真紀行 All Rights Reserved.