浅草伝法院通り商店街振興組合HPによる浅草伝法院通り商店街の歴史は次の通りである。
浅草伝法院通り商店街、元の名は伝法通り専門店会は仲見世商店会とオレンジ通り商店会とを結ぶ延長150メートルの商店街で、片側が伝法院に面しているところからこの名が付けられた。俗に「伝横」といわれる当会は、仲見世から公園六区興行街を抜け西浅草、合羽橋を真すぐに北上野から、両大師の陸橋を登って上野公園へ出る、いわば浅草通りに対する裏通り道として早くから賑わい、明治の中頃、すでに商店街を形づくっていた。それだけに「伝横」には商店会が生れたのは古く大正15年のことである。
戦後は、伝法院通り商店会と称えその後個性豊かな専門店が多いところからその特徴を活し大いにPRしようと、伝法院通り専門店会と改称した。平成5年には、商店街活性のため改組し、浅草伝法院通り商店街振興組合と改称した。 |