写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

魚屋町通り 魚市   滋賀県近江八幡市
魚屋町通り
魚屋町通り 魚屋町通り
魚屋町通り 魚屋町通り
魚屋町通り
魚屋町(うわいまち)
 多くの魚屋が軒を並べた町。「うわい」は魚市が変化したものといわれている。同町元にある浄土宗正福寺は、多くの八幡商人を檀徒として江戸期の朝鮮通信使の来町にあたっては随行する対馬藩主宗氏の昼食場所にあてられた。
魚屋町通り 魚屋町通り
旧米澤商店記念室
 米澤嘉平は東京日本橋の白木屋呉服店(後の白木屋デパート)の番頭であったが、年季奉公の満期にあたり暖簾(のれん)分けを許され、故郷の蒲生郡八幡町魚屋町中で呉服屋「金嘉」の屋号で店を開いた。
 店屋敷は京街道筋と魚屋町通りの交差点で近江商人の末裔として一時代を築いた。その孫にあたる安藤絹子は、昭和19年(1944)満州で夫が戦病死すると、すでに商いをやめていた実家にもどり、女手一つの苦労に耐えながら二児を育てた。その生業は戦後の混乱の中、京都からこうもり傘や運動靴などの生活物資を仕入れ、琵琶湖に近い農家など売り歩くことから始め、後には京の呉服や婦人服を扱い市中広くお得意先を培った。
 この屋敷は安藤絹子が、辛苦の涙とともに支えた旧米澤商店の一角である。 

 外部リンク  日本観光振興協会  地域活性化センター  近江八幡観光物産協会

地図

北海道
函館 基坂通 港が丘通
小樽 堺町本通り 小樽運河裏通り 日銀通り
美瑛駅前通り 札幌駅前通
東北
新庄 笠地蔵とおり 鴨とり源五郎とおり こぶとり爺様とおり
秋田 仲小路 竿燈大通り
仙台・青葉通 石巻・マンガロード 青森・新町通り 山形駅前通り 盛岡大通商店街
関東
東京 西銀座通り 銀座中央通り マロニエ通り 並木通り 一つ木通り
帝釈天参道 巣鴨地蔵通り 内堀通り 明治座通り 文化村通り
赤坂通り 青山通り 新井薬師門前通り 仲見世 伝法院通り
表参道 丸の内仲通り もんじゃ通り 合羽橋本通り 合羽橋道具街通り
さくら通り 人形町通り
横浜 横浜中華街 山下公園通り イスパニア通り イセザキモール
甲信越
善光寺参道
東海
静岡 呉服町通り エスパルス通り 駅前銀座 さつき通り
名古屋 大津通 久屋大通 広小路通
浜松・モクレン通り
近畿
京都 河原町通 烏丸通 先斗町通 新京極通 四条通
七条通 御池通 寺町京極 八坂神社参道new
近江八幡 永原町通り 仲屋町通り 為心町通り 魚屋町通り 新町通り
宇治 宇治橋通り 平等院表参道
奈良・三条通り 彦根・夢京橋 長谷寺門前
中国
津和野 殿町通り 本町通り 高岡通り
美保関・青石畳通り
九州
長崎 長崎新地中華街 サントス通り オランダ坂通り
平戸・歴史の道

コメント
このページへのコメント
コメントを書いてください。


おなまえ:

メールアドレス(任意):

ホームページ(任意):
  設定を保存しますか? はいいいえ  
このページへの コメント:
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/3266




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2007-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.