京都上賀茂神社の流れをくむ神社。賀茂真淵とはゆかりがあり、父はこの神社の神官であった。祭神は鴨建角身命と別雷神の二神。境内には真淵を祀る縣居翁霊社の旧跡がある。
賀茂真淵は江戸時代中期の国学者・歌人で、生家の岡部家は賀茂神社の神官を代々担ってきた家柄であった。この土地は古くから岡部郷といわれていた。
真淵の没後、浜松藩主だった水野忠邦によって賀茂神社から縣居(あがたい)神社に遷座された。縣居神社は、賀茂神社の西の丘の上にある。
「そのかみの事をしとへばーーー」(長歌)
は賀茂神社の成り立ちから移り変わりを歌い上げ、それらのもろもろのことをこの古い松が知っているだろうと結んでいる。
<荷田春満(かだのあずままろ)>
賀茂真淵の師。国学の四大人(しうし)の一人。国学の初祖として、日本書紀、万葉集研究の基礎を作った。この歌碑の「みづ垣や其神山のーーー」は春満がこの神社にお詣りして詠んだ歌。
<保存樹林>
賀茂神社周辺の斜面緑地は、東海道線、新幹線の車窓から望まれ、街の中心部にあって貴重な緑となっている。マツ、シイ、ヤマモモ、ミミズバイなどの郷土木で構成されており、浜松市の保存樹林になっている。
上賀茂神社(賀茂別雷神社) 賀茂真淵記念館 浜松だいすきネット |