林羅山が、寛永7年(1630)上野忍ケ岡に建てた家塾が始まりで、徳川綱吉によって湯島に移転された。
<湯島聖堂と孔子>
孔子は2500年ほど前、中国の魯の国(今の山東省曲阜市)昌平郷に生まれた。その教え「儒教」は東洋の人々に大きな影響を与えた。儒学に傾倒した徳川5代将軍綱吉は、元禄3年(1690)この地に「湯島聖堂」を創建、孔子を祀る「大成殿」や「学舎」を建て、自らも「論語」の講釈を行うなど学問を奨励した。平成2年(1990)聖堂は創建300年を迎えた。
<昌平坂学問所跡>
寛政9年(1797)幕府は学舎の敷地を拡げ、建物も改築し、孔子の生まれた地名をとって「昌平坂学問所」(昌平黌ともいう)を開いた。その際に、孔子廟(大成殿)関係のものだけを聖堂と称するようになった。学問所は、明治維新(1868)に至るまで70年間、官立の大学として江戸時代の文教センターの役割を果たした。
<近代教育発祥の地>
明治維新により聖堂は新政府の所管となり、明治4年に文部省が置かれたほか、国立博物館(今の東京上野)、東京師範学校(東京教育大学を経て今の筑波大学)、東京女子師範学校(今のお茶の水女子大学)などが置かれ、聖堂は近代教育発祥地の地となった。
<現在の湯島聖堂>
もとの聖堂は、4回もの江戸大火にあって焼失、再建を繰り返し、さらに大正12年関東大震災でも焼失した。今の建物は昭和10年(1935)鉄筋コンクリート造りで再建したものです。ただし、入徳門は宝永元年(1704)に建てられたものがそのまま残っており、貴重な文化財となっている。
(湯島聖堂は神社ではないが、適当な項目がないので、ここに入れてある) |