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身禄行者の墓 海蔵寺   東京都文京区
身禄行者の墓
身禄行者の墓 身禄行者の墓
 身禄行者(寛文11年〜享保18年・1671〜1733)は、食行行者ともいい、江戸庶民を中心にさかえた富士信仰の中興の祖として知られた人。
 庶民の苦しみを救おうと、富士山七合五勺の烏帽子岩近くの石室で断食入定(食を断って死ぬこと)した身禄の教えは、広く庶民の信仰をあつめた。身禄行者の骨が分骨埋葬されたといわれる墓の墓碑は、富士山をかたどった溶岩の山上に建てられている。左にある「参食行身禄狗」とある小さな墓は初めの墓である。
 ちなみに富士信仰は「富士講」として組織され、江戸市中の寺社境内に「小富士」が築かれた。区内にある「富士神社」は今に残る富士信仰の史跡である。

関東
江戸以前 間宮林蔵 青木昆陽 赤穂浪士 吉田松陰 雷電為右衛門
春日局 緒方洪庵 梅田雲浜 沖田総司 松平定信
吉良家 葛飾北斎 榎本武揚 於大 高橋至時
千姫 八百屋於七 孝子 斎藤鶴磯 遠山金四郎
紀伊国屋文左衛門 寂光土 谷 文晁 彰義隊 徳川慶喜
松本幸四郎 薩摩浄雲 身禄行者 田沼意次 司馬江漢
千葉周作 二宮尊徳 曾我兄弟 清河八郎 明珍本家
平 将門 伊能忠敬 幡随院長兵衛 蜀山人 山岡鉄舟
伊豆長八 島田虎之助
明治以後 山路愛山 高村光太郎 岡村昭彦 三条実美 杉浦重剛
大隈重信 三遊亭円朝 田中芳男 林芙美子 芥川龍之介
樋口一葉 石川啄木 岡倉天心 佐藤春夫 山県有朋
外国人墓地
中部
北条時政 源 範頼 源 頼家 木地師墓石群 信玄塚 清水次郎長
近畿
那須与一宗高 紀州徳川家 織田信長 坂本竜馬 天誅組 向井去来
与謝蕪村 真下飛泉 木村重成 豊臣秀次 明智光秀new
中国
毛利家 森鴎外 雪舟 中村憲吉

コメント
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貴重なお話を伺い、大変参考になりました。お礼申し上げます。ありがとうございました。


投稿者: 管理人 : 2008年01月05日 22:12

私が母から聞いたことによると、身録山を立てたのは、現在、名古屋にある明治村の旧帝国ホテルの装飾を手がけた飾り職人で「大川啓次郎」が私財を投入して、富士山から牛車で溶岩を運ばせ建立したということです。その後、海蔵寺に寄贈し、現在は文京区の重要文化財に指定されているようです。お寺の中に鳥居があり、お参りをするときには、拍手を打つべきなのか悩んでしまいます。ひ孫に当たる私としては、年末に、しばらくぶりのお参りをしてご先祖様に手を合わせ、また、身録山にお参りし、壊れていた鳥居が新しくなり、どちら様か分かりませんが、大変感謝しております。


投稿者: 高橋義則 : 2008年01月04日 22:03
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