写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

吉田松陰・終焉地 十思公園   東京都中央区
吉田松陰終焉の地
辞世の歌 十思公園
 吉田松陰は天保元年(1830)8月4日長州萩の東郊松本村で杉家の二男として生まれた。幼い頃に吉田家をついだ。成人しての名を寅次郎という。吉田家は代々山鹿流兵学師範の家であったので、早くから山鹿流兵学その他の学問を修め、その道を究めて、子弟の教育につとめた。安政元年3月師の佐久間象山のすすめで海外渡航を計画し、下田から米艦に便乗しようとして失敗、下田の獄につながれたが伝馬町獄送りとなって途中、高輪泉岳寺の前で詠んだのが有名な次の歌である。
 「かくすればかくなるものと知りながらやまぬやまれぬ大和魂
 同年9月まで約6ヶ月間伝馬町獄に留置されいたが、国元萩に謹慎の身となって帰って後の松下村塾での教育が最も偉大な事業である。薫陶を受けた著名な士が出て中でも伊藤博文、山県有朋、木戸孝允等は、明治維新の大業に勲功のあった人物である。
 わが国歴史の上での三大変革といえば大化の改新、鎌倉幕府の創立、明治維新の三つであるが、その明治維新にこれら松下村塾生の働きが大きな力となったことを深く考えたいのである。
 後、松蔭は安政の大獄に連座して再び伝馬町獄に入牢となった。安政6年7月9日江戸の長州藩邸から始めて評定所に召出されたが、その時「まち得たる時は今とて武蔵野よいさましくも鳴くくつわ虫かな」と決心を歌にのべている。しかし幕府の役人を動かすことが出来ず、その後の三回の取り調べで死刑を覚悟した10月22日に父。叔父、兄へ宛永訣の書を送っているがその中にあるのが
 親思う心にまさる親ごころ
    けふのおとづれ何と聞くらん
の一首である。
 また処刑の時の近づいたのを知って10月25日より26日の黄昏までかかって書きあげたのが留魂録でその冒頭に「身はたとひ武さしの野辺に朽ちぬともとどめ置かまし大和魂」十月念五日 二十一回猛士 と記してある。
 松蔭はこれを同囚で八丈島に遠島になった沼崎吉五郎に託したが20年後当時神奈川県令で塾生であった野村靖に手渡したものが現在残っている留魂録である。それによって当時の法廷の模様、訊問応答の次第、獄中の志士の消息等がわかり、自己の心境と塾生の行くべき道を示したもので崇高な松蔭魂の指南書ともいえるものである。
 安政6年10月27日は処刑の日であった。揚屋を出る松蔭は次の詩を高らかに朗吟して同囚の士に訣れを告げたのである。「今吾れ国の為に死す 死して君親に背かず 悠々たり天地の事 鑑照明神に在り」次いで刑場では「身はたとひ」の歌を朗誦して従容として刑についた。行年30歳、明治22年2月11日正四位を贈位され昭和14年6月十思小学校校庭にに留魂碑が建設された。
 安政の大獄で囚われた吉田松陰は伝馬町牢屋敷で処刑された。現在はその跡地に「十思公園」という小公園が造られている。公園内にその碑と辞世を刻んだ碑が立っている。
 身はたとひ武蔵野野辺に朽ちぬとも
    留め置かまし大和魂

 外部リンク  日本観光振興協会  文化遺産オンライン  近代日本人の肖像

地図

墓地・終焉の地
赤穂浪士 織田信長 緒方洪庵 梅田雲浜 沖田総司
榎本武揚 於大 伊能忠敬 伊豆長八 太田道灌
石出掃部亮吉胤 岡村昭彦 大隈重信 芥川龍之介 石川啄木
岡倉天心 岡本綺堂 大久保利通 緒方竹虎 石原裕次郎
尾ア士郎 井伊家歴代墓所 青木昆陽 明智光秀 足利尊氏
伊藤仁斎 池大雅new
春日の局 桂小五郎 祇王 葛飾北斎 紀伊国屋文左衛門
清河八郎  木村重成 上山草人・山川浦路 黒田清隆 加藤友三郎
小村壽太郎 後藤新平 紀州徳川家 木地師墓石群 吉良家墓所
吉良仁吉 吉三郎 グラバー家 外国人墓地(横浜) 外国人墓地(函館)
外人墓地(東京) 吉良家
坂本龍馬 佐久間象山 寂光土 彰義隊 薩摩浄雲
曾我兄弟 司馬江漢 蜀山人 島田虎之助 三条実美
杉浦重剛 三遊亭円朝 佐藤春夫 斎藤茂吉 志賀直哉
信玄塚 清水次郎長 清水一学 斎藤鶴磯 千姫
角倉了以 十七烈士 蘇我入鹿 雪舟 坂本国際墓地
豊臣秀吉 豊臣秀次 徳川慶喜 天誅組 遠山金四郎
田沼意次 千葉周作 平将門 高村光太郎 田中芳男
高島鞆之助 忠犬ハチ公 田中久重 高峰譲吉 孝子
谷文晁 高橋至時 長州藩士の墓
中岡慎太郎 二宮尊徳 乃木希典 那須与一宗高 中原悌二郎
新田義貞 中村憲吉 永井隆
幡随院長兵衛 林芙美子 樋口一葉 浜口雄幸 北条時政
本阿弥光悦
向井去来 間宮林蔵 松平定信 松本幸四郎 身禄行者
明珍本家 源頼朝 松本楓湖 源範頼 源頼家
万平塚 毛利家 森鴎外
吉田松陰 八百屋於七 山岡鉄舟 山路愛山 山縣有朋
与謝蕪村 吉野太夫 有無両縁塔
雷電為右衛門

コメント
このページへのコメント
コメントを書いてください。


おなまえ:

メールアドレス(任意):

ホームページ(任意):
  設定を保存しますか? はいいいえ  
このページへの コメント:
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/1170




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2007-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.