写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <松尾芭蕉の足跡を巡る写真紀行


 印象深い景色
坂道灯台横丁・小路街角通り温泉
 史 跡
街道史跡城・城跡人物奥の細道墓地・終焉地Play Back
 建築・構造物
伝統的建築先端建築神社漁港垣根
 自 然
池・沼海岸
 産業・交通
伝統・地場産業バスターミナル国内線自動車・バイク道風景
 四季の景色
棚田春景色夏景色秋景色冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台祭・イベント夜景テ−マパ−ク釣り
 管理人
管理人備忘録リンク集

おくの細道・むすびの地 谷木因との出会い   岐阜県大垣市
おくの細道・むすびの地
おくの細道・むすびの地 おくの細道・むすびの地
おくの細道・むすびの地 水門川
おくの細道むすびの地
 ( The Final Destination of Basho's Oku no Hosomichi Haiku Journey )
 芭蕉は元禄2年9月6日、ここで「おくの細道」を結び、木因亭前で乗船、如行始め大垣俳人に送られて「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」の句をのこした。
 昭和32年(1957)、「細道」270年祭にあたって関係者の手によって藤堂家秘蔵の原本から蛤の句を写真拡大して刻して「芭蕉蛤塚」を建立し、木因白桜塚・木因俳句道標をここに移した。
俳句道標
 江戸時代、美濃路と水門川を結ぶ水陸交通の要衝であったここ船町港の高橋畔に建てられ「南伊勢桑名へ十里在郷道」と示されたこの道しるべは、船問屋の主、谷九太夫(木因)の作と伝えられる。
 大垣から桑名へ(桑苗)の地名と里程を巧みに詠み込んだ俳句が実用に供され広く親しまれた文学碑として歴史的文学的に高く評価されている。
芭蕉と木因
 松尾芭蕉が大垣を初めて訪れたのは貞享元年(1684)野ざらし紀行の旅で、年来の俳友谷木因を訪ねた時である。「武蔵野を出る時、野ざらしを心におもいて旅立ちければ、しにもせぬ旅寝の果よ秋の暮」と安堵し、感慨を深めている。
 その後も3回来垣しているが、有名なものは元禄2年(1689)の奥の細道の旅でそのむすびの地となる大垣を訪れている。「したしき人々日夜とぶらひて、蘇生のものにあふがごとく、且悦び、且いたはる。旅の物うさもいまだやまざるに長月六日になれば、伊勢の迂宮おがまんと又舟にのりて、蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」と記し、木因をはじめとする大垣俳人との間に心休まる交流と暖かさを深く感じとらせる。(説明文より引用) 
 旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る
東北
立石寺 塩竈神社 象潟
関東
深川芭蕉庵跡 採茶庵跡 関口芭蕉庵 殺生石 発句也松尾桃青宿の春
矢立の初
東海
松尾芭蕉生家 むすびの地
北陸
氣比神社new


Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2018 写真紀行 All Rights Reserved.