写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

御油宿の松並木 東海道  愛知県豊川市
御油宿の松並木
御油宿の松並木 御油宿の松並木
御油宿の松並木
 御油宿は東海道五十三次の35番目の宿場町で、本陣4、脇本陣0、旅篭62あった。本陣が4軒もあることは東海道の宿場のなかでも大きな宿場であったことがわかる。松並木は、御油宿と赤坂宿の間の600mに現存する松並木で、松の本数は当初推定650本であったが、次第に減少し百数十本まで落ち込んだ。昭和40年代から松並木の保護育成が行われている。「日本の名松百選」にも選ばれている。
 ここから東の、かつて上五井、中上町、仲町、横町、茶屋町と呼ばれたこの通りぞいには、今でも宿場町の面影を残す旧家が見られる。
御油の松並木
 この松並木は、慶長9年(1604)、徳川家康が植樹させたもので、以来夏は緑陰をつくり、冬は風雪を防ぎ、長く、旅人の旅情をなぐさめてきた。
 当初600本以上あった松は、長い歳月の間に減少したが、旧東海道に現存する松並木のうちでは昔の姿を最もよく残すものとして、第二次世界大戦中の昭和19年(1944)11月7日、国指定の天然記念物となった。
  「 夏の月 御油より出でて 赤坂やむ 」 (赤坂・関川神社 芭蕉句碑)
十王堂 十王堂
十王堂
 十王とは、冥界にあって、死者の罪業を裁判する十人の王のことです。仏教では、死者は冥界で順次十人の王の裁判を受けて次に生まれてくる所が定まるとされている。この考えは平安後期に日本に伝わり、鎌倉時代に全国に広まった。
 この十王とは、秦広王・初江王・宋帝王・五官王・閻魔大王・変成王・太山王・平等王・都市王・五道転輪王のことで、十王が冠をつけ、道服を着て笏を持ち、忿怒の姿を示すのは道教の影響が強いことを表している。
 この建物は明治の中頃に火災にあい再建されたもので、十王堂の創立年は定かではないが、江戸時代に描かれた絵図に印されていることから、古くからこの地にあったことは確かである。 

 外部リンク  豊川市観光協会  文化遺産オンライン  歴史街道

地図

関東
東京 日本橋 江戸六地蔵 庚申塚 千住宿
箱根 箱根杉並木 箱根関所 箱根旧街道
日光杉並木
甲信越
和田宿 妻籠宿 東山道 奈良井宿
東海・北陸
浜松 舞坂宿(舞阪宿) 塩の道 姫街道 気賀関所
二つ御堂
静岡 鞠子宿(丸子宿)new 由比宿
島田 金谷石畳 大井川川越遺跡町並
湖西 白須賀宿 新居関所
知立の松並木 七里の渡し 三島の松並木
馬籠宿 御油宿の松並木 琵琶峠石畳 細久手宿 野麦街道
大井宿 関宿 二川宿
近畿
熊野古道 松本峠 馬越峠 大門坂
醒井宿 土山宿 草津宿 愛宕街道 朝鮮人街道
九州
長崎 龍馬通り 浦上街道
各地
宿場名物

コメント
このページへのコメント
コメントを書いてください。


おなまえ:

メールアドレス(任意):

ホームページ(任意):
  設定を保存しますか? はいいいえ  
このページへの コメント:
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/2843




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2007-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.