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御油宿は東海道五十三次の35番目の宿場町で、本陣4、脇本陣0、旅篭62あった。本陣が4軒もあることは東海道の宿場のなかでも大きな宿場であったことがわかる。松並木は、御油宿と赤坂宿の間の600mに現存する松並木で、松の本数は当初推定650本であったが、次第に減少し百数十本まで落ち込んだ。昭和40年代から松並木の保護育成が行われている。「日本の名松百選」にも選ばれている。
ここから東の、かつて上五井、中上町、仲町、横町、茶屋町と呼ばれたこの通りぞいには、今でも宿場町の面影を残す旧家が見られる。
<御油の松並木>
この松並木は、慶長9年(1604)、徳川家康が植樹させたもので、以来夏は緑陰をつくり、冬は風雪を防ぎ、長く、旅人の旅情をなぐさめてきた。
当初600本以上あった松は、長い歳月の間に減少したが、旧東海道に現存する松並木のうちでは昔の姿を最もよく残すものとして、第二次世界大戦中の昭和19年(1944)11月7日、国指定の天然記念物となった。
「 夏の月 御油より出でて 赤坂やむ 」 (赤坂・関川神社 芭蕉句碑) |
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<十王堂>
十王とは、冥界にあって、死者の罪業を裁判する十人の王のことです。仏教では、死者は冥界で順次十人の王の裁判を受けて次に生まれてくる所が定まるとされている。この考えは平安後期に日本に伝わり、鎌倉時代に全国に広まった。
この十王とは、秦広王・初江王・宋帝王・五官王・閻魔大王・変成王・太山王・平等王・都市王・五道転輪王のことで、十王が冠をつけ、道服を着て笏を持ち、忿怒の姿を示すのは道教の影響が強いことを表している。
この建物は明治の中頃に火災にあい再建されたもので、十王堂の創立年は定かではないが、江戸時代に描かれた絵図に印されていることから、古くからこの地にあったことは確かである。 |
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外部リンク 豊川市観光協会 文化遺産オンライン 歴史街道
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