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草津宿 東海道・中山道   滋賀県草津市
草津宿本陣・表門
草津宿本陣 草津宿本陣
草津宿本陣・上段の間
草津宿本陣
 日本一の草津宿本陣、平成の大修理は平成元年11月に着手し、7ヶ月の工事期間を経て、平成8年春、完成した。工事は「半解体修理工事」という方法が採られ、屋根・壁・造作材・床組は解体されたが、柱・梁(はり)小屋組の構造材(軸組)は江戸時代の部材をできるだけ残して行われた。大福帳(宿帳)の記載によると現在の建物は、約250〜300年前のものと推定される。
 草津宿本陣は、嘉永12年(1635)に定まった、江戸幕府による参勤交代の制度を背景にして、東海道・中山道を上下する諸大名・役人・公家・門跡等の休泊所として草津宿に開設された施設で、明治3年(1870)宿駅制度の廃止までの二百数十年間、その機能を果たしてきた。
 史跡草津宿本陣は、全国に残る本陣遺構の中でも、ひときわ大きな規模を有しており、延4726uにのぼる敷地内には、かつての本陣の姿を彷彿とさせる数々の建築物が残され、関札(せきふだ)・大福帳・調度品ほか、貴重な資料も数多く保管されるているなど、近世交通史上、極めて重要な文化遺産である。
 この本陣遺構はこれまで、享保3年(1718)に草津の宿場を襲った大火事により焼失し、急遽、膳所藩より瓦ヶ浜御殿と呼ばれる建物を移築し、建て直されたものであると伝えられてきた。しかしながら、現存する本陣の平面形態が、本陣に残される複数の屋敷絵図に描かれている平面形態と合致したことなどから、現存する本陣遺構はこの絵図類が描かれた、弘化3年から文久3年頃(1846〜1863)の旧状を良く残す遺構であることが明らかになった。
 敷地内には、正面、向かって左手に、表門・式台・主客の宿泊に当てられた上段の間・家臣用の座敷広間・御膳所・湯殿等を配し、通り土間を境にして、右手には本陣職にあたった、田中七左衛門家の居室と台所を設けている。
 また、これらの主要建築物の背後には、別名「木屋本陣」と呼ばれるように、兼業であった材木商の業務に用いた物入れや土蔵、避難口として使われた御除ヶ門などの建築物が今なお残され、敷地周囲は高塀・藪・堀によって区画されている。
<関札(せきふだ)>
 本陣への休泊者が持参するため、名前には敬称を付けない。公家は、敬称を付ける。
<宿(やど)>
 行列が、全ての材料を持ち込み、行列の台所役人が料理する。
<泊(とまり)>
 本陣が賄いをする。
<休(やすみ)>
 本陣で昼休みをとる。
<湯殿(ゆどの)>
 殿様専用の風呂。畳敷き4畳と板敷き8畳分の広さがある。屋外のかまどで沸かした湯を湯船まで運び入れ、湯浴みをする。(運び湯)。殿様は、「ゆかたびら」を着て入った。槍が届きにくいように、広い部屋になっている。
<畳廊下>
 平素は襖(ふすま)が入り、殿様の部屋の位置が分からないようになっていた。休泊者が多いときには、部屋として利用していた。
<東広間・西広間>
 本陣に休泊する従者のために用意された座敷広間。両広間とも三部屋で構成されている。各部屋は襖によって間仕切りされ、東広間の外側には濡れ縁、西広間の外側には板廊下が取り付けられている。壁は、聚楽壁(赤壁)で、西広間三の間だけが、玄関広間と同じ柏大葉の貼壁で仕上げられている。  
草津宿・道標 草津宿・道標
草津宿・道標 草津宿・道標
草津宿・道標
 ここはかつての日本五街道の最幹線で東海道と中仙道との分岐点である。トンネルのできるまではこの上の川を越せば中仙道へ、右へ曲がれば東海道伊勢路へ行けた。草津川(天井川)の南側堤に建つ追分の道標は「右東海道いせ道、左中仙道美のぢ(美濃路)」と記されている。
 この地は草津宿のほぼ中心地で、高札場もあって旅人にとっては大切な目安であった。トンネルをくぐれば中仙道、手前を右に進めば東海道。道標を前にして、江戸を目指す旅人は右にするか左にするか思案し、一方西へ向かう人々は、京を間近にし、ホット安堵のいろをうかべたものでしょう。
 この道標は、多くの旅人が道に迷わぬよう、また旅の安全を祈って文化13年(1816)江戸大阪をはじめ、全国の問屋筋の人々の寄進によって建立された。高さは一丈四尺七寸(4.45m)で火袋以上は銅製の立派な大燈籠であり、火袋以上は、たびたびの風害によって取り替えられたが、宿場の名残りの少ない中にあって、常夜燈だけは今もかつての草津宿の名残りをとどめている。 

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