写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

阪神淡路大震災・語り部 焼け残った楠と電柱 神戸市長田区
類焼とめてなお生き残る楠
類焼とめてなお生き残る楠 類焼とめてなお生き残る楠
御蔵公園の楠
 見よ、この楠を。震災で幹を枝葉を焼かれたが、大地がしっかりとこの楠を支えた。この楠もまたこれにここたえた。自ら苦しみながら、悩みながらも大空高く伸びる大樹を志している。自然の美しさ、豊かさ、厳しさ、神秘がここにある。
 ”類焼とめて 尚生き残る 楠の大木” (御菅カルタより)
焼け残った電柱 焼け残った電柱
 平成7年(1995)1月17日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災で焼け残った電柱である。現存する震災の「語り部」です。震災後の区画整理事業で町並みは全て変わった。この電柱だけが撤去や移転を免れ当時の「現地」を示す唯一の証人です。 
焼け残った電柱
しあわせ運べるように>    作詞・作曲 臼井真先生

1.地震にも負けない 強い心をもって
  亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう

  傷ついた神戸を 元の姿にもどそう
  支え合う心と明日への 希望を胸に

  響きわたれぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに
  届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように

2.地震にも負けない 強い絆をつくり
  亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう

  傷ついた神戸を 元の姿にもどそう
  やさしい春の光のような 未来を夢み

  響きわたれぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに
  届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように

 外部リンク  人と防災未来センター  阪神・淡路大震災教訓情報資料集  震災文庫

地図

東北
チリ地震津波 田老の大防潮堤
関東
東京 東大・安田講堂 駆逐艦の錨 原首相遭難現場 浜口首相遭難現場
戦艦陸奥の主砲 二式大型飛行艇 二重橋飾電燈 東京駅警備巡査派出所
2.26事件 本郷菊富士ホテル跡 戦災の証言者 皇居正門石橋飾電燈
赤坂離宮正門哨舎 零戦 泰緬鉄道C56 旧新橋停車場
鉄道寮新橋工場 北里研究所 日本赤十字社中央病院 宗教大学車寄
横浜 ゲーテ座跡 根岸競馬記念公苑
横川駅 昭和の浦安 ナヒーモフの主砲 カノン砲 前橋監獄雑居房
東海
明治村 シアトル日系福音教会 ハワイ移民集会所 ブラジル移民住宅 瓦斯燈
歩兵第六聯隊兵舎 名古屋衛戌病院 第八高等学校正門 半田東湯
名鉄岩倉変電所
戦火を超えた市民の木 清水次郎長の船宿
近畿
神戸 阪神大震災跡地 阪神大震災語り部
終戦の日の新聞 太陽の塔 京都七條巡査派出所
中国
原爆ドーム 台場鼻潮流信号機
四国
板東俘虜収容所 岬の分教場
九州
長崎 一本柱鳥居 浦上天主堂 原爆落下中心地 下の川の惨状
聖徳寺灯籠 被爆当時の地層 防空ごう 被爆クスノキ
特攻基地(知覧)
その他
郵便ポストの変遷new

コメント
このページへのコメント
コメントを書いてください。


おなまえ:

メールアドレス(任意):

ホームページ(任意):
  設定を保存しますか? はいいいえ  
このページへの コメント:
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/3182




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2007-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.