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御坂隧道 登録有形文化財  山梨県南都留郡富士河口湖町
御坂隧道・河口湖口
御坂隧道 御坂隧道
御坂隧道
 富嶽百景で知られ、太宰治も歩いたであろうこの峠は、旧国道8号線(現県道河口湖御坂線)で、昭和5年(1930)10月着工、翌11月就労人員延べ36万人余りを動員し竣工した。
 双方の入り口から出口は見えず、暗闇の中、土工達は、景気よく唄いながら、セメントを練ったそうです。
 全長396m・幅員6m・高さ4mに及ぶこの御坂隧道は、この度文化財の指定を受けた。(平成10年1月8日に国の登録文化財に指定)
 河口湖口の扁額には、当時の内務大臣である安達謙蔵の揮毫による「天下第一」の文字が刻まれている。
御坂隧道・御坂口
 御坂側口から河口湖側口に向かう。
天下茶屋
天下茶屋 河口湖
太宰治文学碑 太宰治文学碑
 御坂隧道の河口湖口の直前に天下茶屋がある。ここは、太宰治が逗留していたことで知られ、また、河口湖や富士山がよく見える絶好の場所でもある。(この日は霞んでいて富士山は見えなかった。)
 近くにある太宰治の文学碑には。「富士には 月見草が よく似合ふ 太宰治」と記してある。
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