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零戦(五二型) 靖国神社  東京都千代田区
零戦
零戦 零戦
零戦 零戦
零式艦上戦闘機五二型>(れいしきかんじょうせんとうきごにがた)
   −三菱4240−1号機−    
 この零戦は昭和49年(1974)、南洋、ラバウルの旧日本海軍航空基地で見付かった主翼胴体と昭和59年(1984)、ミクロネシア、ヤップ島で発見された5機の零式艦上戦闘機を日本に持ち帰り、復元が昭和55年(1980)頃から始まった。
 この機体は昭和18年(1943)11月25日頃三菱重工名古屋大江工場で製作されたが、40年間も熱帯に放置されていた為に機体のほとんどが朽ち果て、復元するのは不可能と思われていた。しかし、それらの機体を全て完全に分解して、使用できる部品を調べたところ内部の部品はかなり使えることが分かった。主要機体はラバウルから里帰りした4240−1の主翼胴体の使用できる部品と、その他の使用できる部品を集め新しく作ったが、特に主翼の桁の製作は一番重要なものだった。
 機体を解体したところ4240号機と4241号機の機体番号の部品が使用されており当時の工場がいかに混乱をしていて生産を急いでいたかが想像できる。
 ここに展示している4240号機と書かれた部品は第一隔壁の裏に書かれていたもので、その他の部品には4241号機と書かれていたものも多くあった。

 昭和15年(1940)に正式採用され、「ゼロ戦」と通称されている。当時の格闘性能と航続力で世界最強を誇った。ここに展示されている五二型は、初期型より主翼の両端を短く円形に整形されている。そして発動機の栄二一型エンジンに、推力式単排気管を採用して速度がかなり向上し、零式戦闘機の中では最も多く生産された。
<兵装>
 プロペラの回転と機銃の発射間隔との同調装置を備えた、96式艦戦以来の97式7.7ミリ機銃(弾倉600発)2挺に加え、99式20ミリ機銃(125発)2挺が、空飛ぶ機銃座としての威力を発揮した。
 また、燃料の投下式増設タンク(300リットル)を使用すると、零戦の大きな特徴の一つである航続距離は、初期の二一型で約3000qを超えた。(靖国神社にて)
零戦(二一型)
零戦
零戦 零戦
零戦 零戦
零式艦上戦闘機二一型
 日本の航空技術を大表する飛行機「零式艦上戦闘機」二一型改造複座機。この零戦は、昭和47年(1972)ラバウル北西ニューブリテン島沖の海底で発見され引き上げられた。ベースは零戦二一型で、数機の部品を合わせて作られており、偵察用として2座席に改造されている。(東京国立科学博物館にて)
二一型と五二型の比較
型式 二一型 五二型
発動機 栄一二型 栄二一型
発動機出力 940馬力 1、130馬力
全幅 12.00m 11.00m
全長 9.05m 9.121m
主翼面積 22.44u 21.30u
全備重量 2,421s 2,733s
最大時速 533q 565q
実用上上昇限度 10,300m 11,740m
最大航続距離 3,110q 1,920q
零戦(五二型)43-188号機
零戦(五二型)43-188号機
零戦(五二型)43-188号機 零戦(五二型)43-188号機
零戦(五二型)43-188号機
 零戦52型は、昭和18年(1943)8月、初飛行し、太平洋戦争後半の日本海軍の主力戦闘機として活躍した機体である。この機体には甲、乙、丙という3種の型があり、零戦総生産機数約1万機のうち、4種合わせた52型シリーズは約6,000が生産された。(航空自衛隊浜松基地にて)
零戦(五二型)43−188号機
三菱名古屋工場製造(昭和19年3月)
・昭和38年(1963)グアム島で発見
・昭和39年(1964)米軍C−130輸送機で空輸(グアム→岐阜基地→三菱・大江工場)全国各地で展示
・昭和42年(1967)航空自衛隊浜松基地にて保管
・平成11年(1999)航空自衛隊浜松基地・広報館にて展示
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