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高杉晋作・誕生地 幕末の志士、維新を見ずに病没   山口県萩市
高杉晋作の誕生地
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高杉晋作の誕生地 高杉晋作の誕生地
 高杉晋作は、萩の城下、菊屋横丁で天保10年(1839)、父小忠太、母道の子として生まれた。高杉家は200石取りで萩藩の重要な役職についてた。人物評として、高杉晋作は「鼻輪も通さぬ放れ牛(束縛されない人)」、久坂玄瑞は「政庁に座らせておけば、堂々たる政治家」といわれる。二人は後に松下村塾の双璧と呼ばれるようになった。萩には、維新の志士たちに関わる多くの史跡が残っている。時間がゆるせばゆっくり見て回りたい。
高杉晋作・略歴
 安政4年(1857)藩校明倫館に入学。19歳のとき吉田松陰の松下村塾に入門。1858年江戸の昌平黌に入学。獄中の吉田松陰に金品を送る。文久2年(1862)藩命により幕府船千歳丸に乗船し上海へ渡航。太平天国の乱を目撃し、植民地の実情を観察、その世界的意義を認識した。
 長州藩の下関外国船攻撃に際して起用されたが、報復攻撃にあって敗北。藩命により奇兵隊を組織して総監となり馬関総奉行として下関防御の任に当たった。時に25歳。元治元年(1864)四国連合艦隊の下関砲撃事件が勃発すると善後処理を命じられ、講和条約の正使として条約を締結した。その後、藩論を討幕に統一する。そして、慶応2年(1866)薩長同盟を結び、反幕府の態勢を固めた。
 第2次長州征伐には、海軍総督として幕府との開戦直後、小倉方面の戦闘を指揮した。肺結核が重くなり退職する。慶応3年(1867)4月、討幕を見ずに下関で病死した。29歳の若さだった。

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