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落柿舎 向井去来が晩年を過ごす   京都市右京区
落柿舎
落柿舎 落柿舎
落柿舎 落柿舎
 松尾芭蕉の弟子である向井去来が晩年を過ごした所で、茅葺きの小さくて素朴なたたずまいが印象的である。門口に簑と笠をかけて在宅を知らせたのは有名な話で、名前の由来は商人が柿の実を木ごと買い取り代金を支払ったその晩、強風で実が全部落ちてしまい去来は、代金を全額返したところから名付けられた。
 芭蕉もこの落柿舎に3度訪れたそうです。庭に去来の句碑が立つ。「柿主や 木ずゑは近き あらし山」。多くの俳人達が、この跡をしたって訪れており、庭には彼らの句碑がたくさん立っている。向井去来の墓が裏山にある。
落柿舎制札
一、我家の俳諧に遊ぶべし
   世の理窟を謂ふべからず
一、雑魚寝には心得あるべし
   大鼾をかくべからず
一、朝夕かたく精進を思ふべし
   魚魚を忌むにあらず
一、速に灰吹きを棄つべし
   煙草を嫌ふにはあらず
一、隣の据膳をまつべし
   火の用心にはあらず
    右條々
     俳諧奉行 向井去来
(「落柿舎制札」は、元禄7年5月、落柿舎での俳席で、即興に芭蕉が作ったものともいわれ、また、その十年前に、去来が原案を作ったともいう)
芭蕉十哲
・杉山杉風(さんぷう)  45歳
・向井去来(きょらい)  41歳
・服部嵐雪(らんせつ) 38歳
・森川許六(きょりく)  36歳
・越智越人(えつじん)  36歳
・宝井其角(きかく)    31歳
・内藤丈草(じょうそう) 30歳
・志太野坡(やば)     31歳
・各務支考(しこう)    27歳
・立花北枝(ほくし)    不詳
(年令は、元禄4年(1691)に「猿簑」(さるみの)が刊行された当時を示す。この年、芭蕉48歳)

去来の句   鴨川や 月見の客に 行きあたり

東北
角館・武家屋敷 *
関東
弘道館 煉瓦造り厩舎 築地塀 佃島渡船場跡 大洗堰跡
山吹の里 お化け燈籠 処静院跡の石柱 蕃書調所跡 定火消発祥の地
ぺりー上陸地 銅燈籠
見附 赤坂見附跡 日比谷見附跡 四谷見附跡
中部
反射炉 松代藩文武学校 旧見付学校 願成就院 真田邸
象山地下壕 川中島古戦場 馬防柵 崇廣堂 指月殿
関ヶ原合戦 家康最初陣地 関ヶ原決戦地 石田三成陣跡 島左近陣跡
ペリー上陸地 吉田松陰寓寄処 信長塀 旧天城トンネル 米津台場跡
伊場遺跡 犀ヶ崖古戦場 江川家住宅 高山陣屋 畳石
桶狭間古戦場new
近畿
寺田屋 落柿舎 甘樫丘 石舞台 高松塚古墳
朱雀門 井筒屋 大阪城採石場 御手洗井 池田屋跡
粟田口 長屋門附塀 インクライン 水路閣(琵琶湖疎水)
中国
武家屋敷 松下村塾 多胡家表門 藩校養老館 馬場先櫓
大岡家老門 維新の志士の通り
* 動画が入っているため表示に少し時間がかかります

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