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処静院跡の石柱 浪士隊結成   東京都文京区
処静院跡の石柱
処静院跡の石柱 処静院跡の石柱
浪士隊結成の処静院(しょじょういん)跡の石柱
 この石柱は、伝通院の塔頭の一つで伝通院前の福聚院(ふくじゅういん)北側にあった処静院の前に建っていたものである。石柱の文字は、修業と戒律のきびしさを伝えている。処静院は、その後、廃寺となった。
 文久3年(1863)2月4日、幕末の治安維持を目的とした組織ー浪士隊ーの結成大会が処静院で行われた。山岡鉄舟、鵜殿鳩翁(うどのきゅうおう)、伝通院に眠る清河八郎を中心に総勢250人。その後、浪士隊を離れて、新選組として名をはせた近藤勇、土方歳三、沖田総司などが平隊員として加わっていた。一行は文久3年2月8日、京都へと発った。年号が明治と改まる5年前のことであった。
新選組の前身 新徴組発会の処静院跡
 幕末の歴史に1頁を残した新選組の前身新徴組は、江戸市中から応募した浪士隊として清河八郎、山岡鉄舟らの呼びかけで、芹沢鴨、近藤勇、土方歳三らが参加し、文久3年2月4日伝通院山内処静院で発会したと記録されている。
 処静院は、その後火災に遭い消失したが、この碑建立の一帯が処静院で大黒天に隣接していた。幕末時、処静院住職琳瑞和尚は、清河八郎らを支援したとして佐幕派浪士と見られた武士らに暗殺されたが、今なお伝通院内に墓碑が建立され供養されている。

 外部リンク  東京国立博物館  東京観光財団  東京文化財研究所

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