写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

高山陣屋 代官所   岐阜県高山市
高山陣屋
高山陣屋 高山陣屋
高山陣屋 高山陣屋
 高山陣屋は、徳川幕府直轄領(天領)の飛騨を治めた代官所(後郡代役所)です。元禄5年(1692)から明治維新(1868)までの177年、江戸から25人の旗本が、代官(郡代)として派遣され飛騨を支配した。
 明治維新後は主要建物がそのまま地方官庁として、昭和44年(1969)まで使用されてきた。
 以後、岐阜県教育委員会は保存と復元に尽力し、足かけ16年の歳月と約20億円を費やして平成8年(1996)3月に、江戸時代の高山陣屋がほぼ再現された。江戸時代の60数カ所もあった陣屋の内、唯一現存するのがこの高山陣屋です。昭和4年(1929)国史跡に指定された。
高山陣屋 高山陣屋
高山陣屋 高山陣屋
高山陣屋跡
 元禄5年(1692)7月高山城主金森頼岩は出羽国上ノ山に転封となり、飛騨国は徳川幕府の直轄領となった。幕府は8月18日関東郡代伊奈十郎忠篤に飛騨代官を兼務させ、22日に加賀藩主前田綱紀に高山城在番を命じた。伊奈代官は金森氏家臣四家の屋敷を会所として金森氏転封後の事務処理にあたった。
 元禄8年(1695)4月高山城の取り壊しが始まり、金森重頼の3人の娘が居住していた向屋敷に代官所を移して高山陣屋と称した。以後明治維新に至るまで飛騨国内の政務は高山陣屋で執行された。
 元禄8年当時の高山陣屋は約38,000m2の広大な敷地を有していた。高山城三の丸にあった米蔵二棟を陣屋内に移築し御蔵とした以外、建物の配置,規模などは不明である。享保10年(1725)老朽化が激しきなった高山陣屋の建物は御蔵以外全て解体され、旧材を利用して御役所と御役宅に区分して建て替えられ、陣屋としての形態が整えられた。しかし、敷地は三分の一に縮小されている。その後、文化13年(1816)御役所、文政13年(1830)郡代役宅、天保3年(1831)御門と陣屋の建物は漸次改築された。
 この間、享保14年に美濃国の一部、明治4年(1767)に越前国の一部飛騨代官の所管地となり、また同6年12代代官大原彦四郎紹正が布衣郡代に昇進し、関東,西国,美濃と並んで飛騨は幕府の中でも有数の地位を占めるに至った。
 明治維新後、飛騨県,高山県,筑摩県,岐阜県と行政区画が変転する中にあって、旧高山陣屋は県政の庁舎などに転用され、また敷地も分割されていった。昭和44年(1969)年飛騨県事務所が移転し、高山陣屋跡の管理は岐阜県教育委員会が所管することとなった。岐阜県教育委員会は全国にただ一つ現存する幕府の陣屋跡を後世に保存すべく、昭和45年(1970)以来、文化庁の指導・支援を得て復元修理工事を実施している。(解説文より) 

 外部リンク  飛騨高山観光協会  日本観光振興協会  国立文化財機構

地図

北海道
函館 造船所跡地 ペリー提督来航記念碑 宇須岸河野館跡
東北
角館・武家屋敷
関東
東京 築地塀 佃島渡船場跡 大洗堰跡 山吹の里
お化け燈籠 処静院跡の石柱 蕃書調所跡 定火消発祥の地
銅燈籠 旧乃木邸 国学発祥の地 赤門
湯島聖堂 吉良邸跡
見附 赤坂見附跡 日比谷見附跡 四谷見附跡
鎌倉 東勝寺跡 日蓮上人辻説法跡
水戸・弘道館 ぺりー上陸地 鉄の橋
甲信越
長野 松代藩文武学校 川中島古戦場 象山地下壕 真田邸
東海
関ヶ原合戦 家康最初陣地 関ヶ原決戦地 石田三成陣跡 島左近陣跡
名古屋 信長塀 蕉風発祥の地
浜松 米津台場跡 伊場遺跡 犀ヶ崖古戦場 徳川秀忠誕生井戸
伊豆の国 江川邸 願成就院 韮山反射炉 北条政子誕生井戸
下田 ペリー上陸地 吉田松陰寓寄処
馬防柵 桶狭間古戦場 旧見付学校 旧天城トンネル 畳石
高山陣屋 指月殿 崇廣堂
近畿
京都 寺田屋騒動址 落柿舎 御手洗井 池田屋跡
粟田口 インクライン 水路閣(琵琶湖疎水) 中院山荘跡
時雨亭跡 御土居 長坂口 閑院宮邸跡
阿国歌舞伎発祥地 翠紅館跡 京都御所 西行井戸
西行庵 神泉苑 高瀬川一之船入 高松殿址
二條陣屋 亀山藩京屋敷跡 応仁の乱勃発地 大極殿跡
西寺旧跡
明日香 甘樫丘 高松塚古墳 飛鳥水落遺跡 石舞台古墳
大官大寺阯 川原寺跡
大山崎 天正・山崎合戦 山崎宗鑑冷泉庵跡
朱雀門 井筒屋 大阪城採石場 長屋門附塀 藤原宮跡
山田寺阯 旧西川家住宅
中国
津和野 馬場先櫓 藩校養老館 多胡家表門 大岡家老門
維新の志士の通り 松下村塾
松江・武家屋敷 鞆七卿落遺跡
四国
池田の桟敷new
九州
長崎 グラバー邸 亀山社中の跡 出島 居留地跡
仙巌園 島原・武家屋敷 ザビエル記念碑

コメント
このページへのコメント
コメントを書いてください。


おなまえ:

メールアドレス(任意):

ホームページ(任意):
  設定を保存しますか? はいいいえ  
このページへの コメント:
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/2258




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2007-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.