写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <城と城跡を巡る写真紀行


 印象深い景色
坂道灯台横丁・小路街角通り温泉
 史 跡
街道史跡城・城跡人物奥の細道墓地・終焉地Play Back
 建築・構造物
伝統的建築先端建築神社漁港垣根
 自 然
池・沼海岸
 産業・交通
伝統・地場産業バスターミナル国内線自動車・バイク道風景
 四季の景色
棚田春景色夏景色秋景色冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台祭・イベント夜景テ−マパ−ク釣り
 管理人
管理人備忘録リンク集

四稜郭 箱館戦争   北海道函館市
四稜郭
四稜郭 四稜郭
 あまり知られていない四稜郭。訪れる人もほとんどなく閑散としていましたが、史跡として、大切に保存されていました。草を刈り整備する人たちだけ。五稜郭の賑わいが嘘のような静かさが漂っていました。四稜郭は、蝶が羽を広げた形、立っただけでは全貌は分かりません。
 明治2年(1869)3月に榎本武揚らが北の防備のために築いた土塁作りの城郭。五稜郭公園の北側約3kmの場所にあり、東西104m、南北66m、4つの稜をもつ蝶のような形をしている。同年5月、官軍と旧幕府軍がここで戦ったという歴史をもち、現在は復元された土塁だけが残り、一帯は公園として整備されている。大規模な五稜郭に比べて規模ははるかに小さく、あまり知られていないが、静かな公園の緑の芝生を散策しながら歴史に想いを馳せてみるのもいい。
史跡 四稜郭(説明文より引用)
 明治2年(1869)春、五稜郭にたてこもる旧幕府脱走軍は新政府軍の攻撃に備えて各地に防御陣地を築いたが、五稜郭の背後を固めるため、その北方約3qの緩斜面台地にも洋式の台場を急造した。これが四稜郭である。
 四稜郭は、蝶が羽を広げたような形の稜堡で、周囲に土塁と空壕をめぐらし、郭内(面積約2,300u)には、四隅に砲座を設けたが、建物は造らなかった。
 なお、地元の言い伝えによると、旧幕府脱走軍は士卒約200名と付近の村民(赤川・神山・鍛治村)約100名を動員して、昼夜兼行で数日のうちにこの四稜郭を完成させたといわれている。
 明治2年5月11日、新政府軍は函館総攻撃を開始した。同日未明、新政府軍の岡山藩・徳山藩の藩兵は赤川村を出発し、四稜郭の攻撃を開始した。松岡四郎次郎率いる旧幕府脱走軍は四稜郭の防御に努めたが、新政府軍には福山藩兵も加わり、さらに長州藩兵が四稜郭と五稜郭の間に位置する権現台場を占領したため、退路を断たれることを恐れた旧幕府脱走軍は五稜郭へと敗走した。
 5月18日には、五稜郭が開城され、榎本武揚以下が降伏して函館戦争は終わった。(F.S さんより) 
北海道
五稜郭 四稜郭
東北
山形城 新庄城 久保田城 盛岡城 若松城 二本松城
弘前城
関東
江戸城 小田原城 牛込城 大多喜城
甲信越
松本城 高遠城 荻町城 和田城
東海
浜松 浜松城 二俣城 犬居城 水巻城 井伊谷城
高根城
掛川 掛川城 横須賀城 高天神城
新城 長篠城 亀山城
駿府城 山中城 大垣城 名古屋城 上野城 市場城
岐阜城 田原城 東条城 韮山城 岡崎城 諏訪原城
清洲城 清洲古城跡
北陸
富山城 阿尾城 金沢城
近畿
安土城 彦根城 和歌山城 大阪城 姫路城@ 姫路城A
竹田城 二条城 長浜城 赤穂城 妙顕寺城
中国
松江城 福山城 津和野城 岩国城 萩城
四国
松山城 湯築城 安芸城 高知城 宇和島城
九州
熊本城 島原城 唐津城 原城跡 平戸城 玖島城
鶴丸城 福岡城 小倉城 岡城new


Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2018 写真紀行 All Rights Reserved.