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西周 西洋哲学を日本に紹介した啓蒙思想家   島根県鹿足郡津和野町
西周旧居
西周旧居 西周旧居
西周旧居 津和野城址から見た西周旧居
 西周は、明治文化の功労者の一人として我国哲学界の先駆者として知られている。20歳で藩校養老館の教授となったが、29歳、津和野藩を脱藩し徳川幕府に仕えた。幕命留学生としてライデン大学に留学する。帰国後、徳川慶喜の外交秘書などを歴任し、明治以降は啓蒙思想家として活躍し日本で最初に西洋哲学を紹介した。
 とりわけ学術語の整作は最も有名である。コント及びミルの実証主義による封建的旧弊打破と宗教と政治の分離は最も主張したことである。実は森鴎外と親戚関係にあり、鴎外は上京後、西の家に寄寓していたこともあった。復元された茅葺きの旧宅は、鴎外の生家とは津和野川を隔てて建つ。森鴎外と共に、文化人切手の中に収められている。
 学校で習う「化学」のことを、明治のはじめまで舎蜜(セイミ)といっていた。オランダ語の発音に漢字をあてはめたものである。これを「化学」という日本語にしたのが西周です。私たちがなにげなく使っている「哲学」や「心理学」なども西周の訳語です。(観光パンフより引用)

 外部リンク  津和野町観光協会  近代日本人の肖像  青空文庫

地図

人物
伊藤左千夫 緒方洪庵 上野彦馬 石川啄木
亀井勝一郎 クラーク博士 国木田独歩 金田一京助・春彦 幸田露伴
賀茂真淵 金原明善 楠部弥弌 小泉八雲 木戸孝允
銭形平次 サトーハチロー 西郷従道 白井鐵造 清水次郎長
西園寺公望 志賀直哉 渋沢栄一
徳富蘆花 徳田秋声 滝沢馬琴 谷崎潤一郎 徳川家康
高蛹虫沽Ynew 豊田佐吉 竹久夢二 高山彦九郎 徳川吉宗
高杉晋作
新渡戸稲造 野口英世 夏目漱石 永井荷風 西田幾多郎
西周 永井隆
函館四天王 堀部安兵衛 二葉亭四迷 樋口一葉 林芙美子
御木本幸吉 円山応挙 真下飛泉 森鴎外 正岡子規
蓮如上人

コメント
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昨日(2008.7.5)西 周の旧居を訪問し、勉強部屋であった土蔵の3畳
を見て、感慨を新たにした。 勿論、森鴎外の旧居も訪れたが、我国の文化の進歩に果した役割は、西のほうがはるかに大きいと思われる。
 哲学、科学、化学、理性、悟性、芸術等現在万人が当然のように使っている語彙を創設できたのは、彼の漢学における深い素養と、25歳から
始めた外国語とそれを通じての西洋哲学・科学・文化の理解吸収力の成果であると思われる。 現在人から見ると気の遠くなるよう業績であり、
我国近代の偉人の一人であろう。

 


投稿者: 藤田  達 : 2008年07月06日 13:29
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