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東京駅 創建当時に復原   東京都千代田区
東京駅
東京駅 東京駅
東京駅
 日本の交通網の中心地であり、全ての電車の発着地である。四六時中電車の発着の知らせがあり大変多くの人々が行き交う活気あふれる駅。
 東京駅は、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・東京地下鉄(東京メトロ)の駅になっている。1914年に開業し、東海道本線の起点となる。開業以前においては東海道本線の起点は新橋駅であった。上野駅との連絡のためと皇居大手門よりの東京中央駅として設計された。現在、東海道新幹線、東北新幹線、東海道本線、東北本線、京葉線、総武本線の起点駅となっている。
東京駅
東京駅 東京駅
 国指定の重要文化財である丸の内駅舎を未来へ継承すべき貴重な歴史的建造物として、残存している建物を可能な限り保存するとともに、創建当時の姿に復原した。平成24年(2012)10月。
銅板葺き
 屋根の棟類や尖塔は基本的に木下地に0.4 o厚の銅板をはぜ組みして葺く。その他の飾り部は銅板に熱を加えなましながら打ち出し成型する。パラペットの徳利部分については、へら絞りといった現代の技術による復原としている。緑青塗装などのエイジングは行わず、銅板素地の仕上げとし、経年による風合いの変化していく。
天然スレート
 屋根は天然スレートと銅板の構成で葺かれている。創建時の古写真から天然スレートは全て一文字葺きで葺かれていることが判明し、それをもとに復原した。中央部屋根には、創建時に使用されていたものと同様宮城県雄勝産スレートを葺いている。また南北ドーム部には、戦後の改修時に葺かれていた良質な登米産を生かし取り、一部は加工を施し再利用した。
擬石
 擬石(ざせき)とは花崗岩を模した左官仕上げのことである。花崗岩粉に石灰とセメントを調合したものを塗り、その後清水にて洗い出して仕上げる。一階の帯形各階窓廻り外部、柱形等に使用されている。
花崗岩
 窓周り・柱頭飾り等には稲田(茨城県)産、腰壁・玄関廻り等には北木島(岡山県)産が使用されている。柱頭飾は、戦災復興工事時(昭和20 年9月から昭和22 年3月)に3階レンガ壁を撤去した際、3階から2階部分に移設したもので、今回の復原工事で元の3階に戻した。
鋼製建具
 外部建具は創建時木製であったが、戦災により全焼失した。戦後の物資が乏しいなか実施された戦災復興工事にて鋼製建具が設置された。1階は欄間付上げ下げ窓、2階以上は上げ下げ窓で、合計約450窓設置されていた。今工事において一箇所保存し、その他はアルミ製で創建時の姿に復原した。
覆輪目地>(ふくりんめじ)
 断面が半円形の化粧目地のことである。縦目地と横目地が交差する部分においては、蟇股(かえるまた)といわれる形状で施工している。覆輪目地には専用の目地鏝(こて)を使用し、熟練した職人が施工にあたった。目地幅は縦目地3分(9o)、横目地2分5厘(7.6o)と縦横で異なっていた。
化粧レンガ
 創建時の化粧レンガはプレス成形によって製造されており、きわめて平滑かつ緻密で角が鋭利であることが特徴である。また、15mm(五分)・45mm(一寸五分)の2種類の厚さのものがあり、「下駄歯積み」の構造レンガに対応して一段毎に交互に積まれ剥離防止を図っている。今回復原した化粧レンガは創建時と同様の表面の肌合いと色を再現できた。厚みは15oに統一した。
保存レリーフ
 創建時の壁面装飾レリーフを保存。昭和20年5月の空襲により焼けてしまったものを今工事において一度取外し補強した上で再取付した。復原レリーフと区別するため塗装を施さず素地のままとした。また、復原したレリーフの型としても利用した。
東京駅 東京駅
 東海道本線のホーム。
東京駅 東京駅
東京駅
東京駅
 新幹線のホーム。
東京駅・C62形蒸気機関車の動輪 東京駅・C62形蒸気機関車の動輪
C62形蒸気機関車の動輪
 第2次世界大戦で戦災を受けた東京駅が修復された昭和23年(1948)に、これと時を同じくして誕生したC62形蒸気機関車は、日本復興のエースとして活躍し、狭軌鉄道としては世界最高の時速129キロを記録するなど、技術の粋をあつめた「栄光の名機」とうたわれた。
 このC6215号機は、東海道、山陽、函館本線などをかけめぐり、昭和46年(1971)12月解体されるまで、約263万q(地球を65.7周)を走り続けた。「鉄道100年」に完成したこの東京地下駅に、同機の動輪をかざり、その歴史をたたえることとした。
            (昭和47年(1972)7月15日 日本国有鉄道)
東京駅 東京駅
外壕アーチ橋の橋塔の由来
 現在、東京・神田駅間の外壕(日本橋川)に架かる鉄骨鉄筋コンクリート造鉄道アーチ橋は大正8年(1919)に日本で最初に架設された長大スパンのコンクリート橋である。 表面は石張りで化粧され、アーチの中央には鉄道のシンボル「動輪」が刻まれ、その端部には高さ約10mの石造の橋塔が威容をを誇っていた。
 外国からの輸入技術を脱皮しようやく日本人の技術が開花した代表的な橋梁である。
 この橋塔は中央線の重層化工事に支障したため撤去し、この地に移設したものである。
橋塔について
 この橋塔は、本通路神田方に復旧・設置してある外壕アーチ橋塔と共に、橋梁始点・終点に相対して設置してあったものの頭部部分を移設したものである。
 設計は、大河戸宗治博士によるものである。
「大河戸宗治(1887〜1960)」
 明治42年(1909)東大土木卒、鉄道省に入る。以降、東京改良事務所長として、現在の通勤交通網基本整備に携わる。昭和5年(1930)工務局長をつとめ、昭和6年(1931)退官する。 
復原前の東京駅 復原前の東京駅
復原前の東京駅 復原前の東京駅
 平成24年(2012)10月、東京駅舎は外観を創建時の姿に再現したが、復原前の東京駅舎の景観を記録として掲載する。(上4枚の画像)

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