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「豆相人車鉄道」は雨宮敬二郎氏と地元の有志20余名の努力によって、明治29年(1896)3月、熱海−小田原間(25q)全線が開通した。所要時間は4時間ほどであった。この人車鉄道は定員6名あるいは8名の客車を3名の人夫が押すという、きわめて原始的なものであった。
明治29年当時の運賃は熱海から小田原まで、下等40銭、中等60銭、上等1円、3歳未満は無料、10歳未満は半額というものであった。「豆相人車鉄道」は日本最初のもので、明治40年(1907)12月、軽便鉄道にかわるまでの12年間、貴重な交通として利用された。(画像提供:
H.I さん) |
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