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                   山号広沢山(こうたくさん)と号する曹洞宗の寺です。15世紀の初め、寒厳義尹(かんがんぎいん:順徳天皇第三皇子)が開山、その後、肥後国(熊本県)大慈寺からきた華蔵義曇(けぞうぎどん)が寒厳禅師の遺志を継ぎ、東海の禅堂としてこの地に普済寺を建立した。教派は13派(460ヶ寺)を数え、華蔵和尚によって浜松地方に禅宗が広められた。本尊は釈迦牟尼佛。 
                   普済寺は、由緒ある寺として徳川氏の保護をうけ、家康も客殿を寄進している。寺域も広く、広沢の名にふさわしく水の澄んだ池があり、月の名所としても知られたが、今は雲夢橋が残るのみである。 
                   三方ヶ原合戦当時、浜松城が炎上したかのように見せかけるため、戦略上家康の命令で火が放たれた。天正10年(1582)に七堂伽藍が再建されたが、これも明治30年(1897)火災に遭い、その建物も昭和20年(1945)戦災のため焼失した。その後昭和39年(1964)に再建されまた。 | 
                
                
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                  <地蔵菩薩> 
                   釈迦入滅後、次の仏となる弥勒菩薩がこの世に現れるまでの間、六道を輪廻転生する衆生を救済するという地蔵菩薩の分身を考え、六地蔵として信仰する。 
                  
                    
                      
                        |  不休息地蔵 | 
                         地獄道 | 
                       
                      
                        |  護讃地蔵 | 
                         餓鬼道 | 
                       
                      
                        |  破勝地蔵 | 
                         畜生道 | 
                       
                      
                        |  讃龍地蔵 | 
                         修羅道 | 
                       
                      
                        |  辨尼地蔵 | 
                         人間道 | 
                       
                      
                        |  延命地蔵 | 
                         天上界 | 
                       
                    
                   
                   信仰は平安末期に始まったとされ、出典に諸説があり、像形・並びも様々です。  | 
                
                
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                  <北山稲荷>  
                   山内に稲荷社を祀っている。日本三大稲荷の一つに数えられている愛知県豊川市の豊川稲荷は、普済寺の末寺になる。(豊川稲荷は北山稲荷を分祀した) 
                   日本三大稲荷は、伏見稲荷大社(京都市)、祐徳稲荷神社(佐賀県)、そして豊川稲荷(愛知県)の三社です。 | 
                
                
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                   三方ヶ原合戦の時、家康が平素深く崇敬する当時の御稲荷様のご加護により、犀ヶ崖に布の橋を架し、武田軍を導き多数の将兵が谷底に落ち、武田方に一矢を報いた。 
                   家康の信仰は益々厚く、浜松城に千代吉稲荷として祭記、後江戸城へ千代田稲荷として奉斉せられた。 
                   本堂前の広場では、併設幼稚園の園児が運動会の練習をやっていた。微笑ましかったので思わず撮る。 |