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日本武尊・武王稚(わかたけのみこと)を祀る。
社伝によれば寛平9年(897)宇多天王の勅命により創建されたと伝え、以後、この地の豪族宮道(みやじ)氏の祖神として、また山科一ノ宮とも呼ばれてこの地の産土神として人々の崇敬を受けて栄えてきた。
盛時には、社領を丹波、山城に持ち、社殿の規模も大きかったが、度々の兵火のため焼失し、現在は、三間社流造の本殿及び権殿、拝殿、神庫などが残っている。
また、元禄14、5年(1701〜02)赤穂浪士の大石良雄が山科の里に隠棲していたが、その時、当社奥の院岩屋神社に参篭して、大願成就を祈ったといわれている。
例祭は、「山科祭」と呼ばれ、毎年10月10に行われる。 |
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<山科神社本殿>
現本殿の建築年代を明らかにする史料はないが、本殿の前に立つ石燈篭に寛永20年(1643)、鳥居に万治3年(1660)の刻銘が見られる。一方、本殿の細部の彫刻などに古風なところがあり、また、部材の風触が大きいことから、室町時代後期造営の可能性もあるが、一部に後補材が認められ、江戸時代前期には現在の形態になったものと考えられる。
山の中腹に東に面して建つ三間社流造のこの本殿は、造営が古く、また、質も高く貴重な遺構であり、昭和59年昭和59年(1984)6月1日、京都市指定有形文化財に指定された。 |
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