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祇園祭
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祇園祭・山鉾巡行@ 京都三大祭   京都市
祇園祭・山鉾巡行
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祇園祭の由来> 
 祇園祭は、京都の東に位置し、千百余年の伝統を有する八坂神社の祭礼です。貞観11年(869)京の都をはじめ全国各地に疫病が流行し、当時の人々はこれを午頭天皇(こずてんのう)の祟りであると恐れた。そこで、二条城の南にある神泉苑に、当時の国数にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神を祭り、さらに神輿をかついで、疫病退散を祈願して始められた「祇園御霊会」(ぎおんごりょうえ)が起源とされている。
山鉾巡行
○しめ縄切り
 四条麩屋町に立てられた斎竹に張られたしめ縄は神域の境界を示す。巡行当日、長刀鉾の稚児の手によってそのしめ縄を切り落とすことにより各山鉾は神域へ進むことができるというものです。
○くじ改め
 7月2日の「くじ取り式」で引いたくじの順番通り巡行するが、四条堺町の関所にて奉行役の京都市長にくじ箱に入ったくじを渡すことでくじ通り巡行していることを、確認してもらう重要な儀式です。くじ札の渡し方は山鉾によってそれぞれ趣向に富んでおり見所の一つです。
祇園祭・山鉾巡行「辻まわし」 祇園祭・山鉾巡行「辻まわし」
祇園祭・山鉾巡行「辻まわし」 祇園祭・山鉾巡行「辻まわし」
辻まわし> 
 山鉾自体に方向を変えるための舵がなにので、車輪の下に割り竹や棒を敷き、水をかけ、横から引っ張って車輪を滑らすことで方向転換をする。囃子方・音頭取り・曳き手のタイミングをあわせて行われる迫力ある辻まわしは巡行の見せ場の一つです。
祇園祭・山鉾巡行 祇園祭・山鉾巡行
祇園祭・山鉾巡行 祇園祭・山鉾巡行
 山鉾に飾られている絨毯の見事さ。正に動く美術館です。
祇園祭・山鉾巡行 祇園祭・山鉾巡行
鉾の構造> 
重 量 12トン
高 さ 地上から鉾頭まで約25m。地上から屋根まで8m
車 輪 直径2m前後
鉾屋根 長さ4.5m、幅約3.5m
石 持 長さ約6m余
鉾床面積 4.5畳〜6畳
曳 子 鉾の巡行に当たり綱を曳く役 30人〜50人
音頭取り お囃子と車の操作の上に立つ指揮者2人(辻を曲がる時のみ4人)
屋根方 鉾の屋上で真木の動揺を加減し電線等の障害を調整する役 4人
祇園祭・山鉾巡行 祇園祭・山鉾巡行
 鉾の組み立ては縄で行われている。
巡行後> 
 巡行を終えた山鉾は、新町通りを通って各々自分の町へ帰っていく。町内に帰着するとすぐに解体される。それは神座に集めた疫神を四散させないためです。
>(ちまき)
 祇園祭の「ちまき」は食べるものではなく、目に入りやすい門口などに吊して翌年の祇園祭に新しい「ちまき」と取り替えるまで疫病災難除けとして飾っておく。昔、素盞鳴命(すさのをのみこと)が旅中に貧しい蘇民将来の家に一晩の宿とあたたかいもてなしを受けた。そのお礼に、蘇民将来の子孫には疫病の厄を免れさせると約束し、目印として茅の輪を腰に付けさせたのが、粽の起こりとされている。(説明文は「山鉾巡行 山鉾あれこれ」より引用)   

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