写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <人物の足跡を巡る写真紀行

 印象深い景色
坂道 灯台
横丁・小路
街角 通り
温泉
 史 跡
街道 史跡
城・城跡 人物
奥の細道 墓地・終焉地
Play Back
 建築・構造物
伝統的建築 先端建築
神社
教会
漁港 垣根
 自 然
池・沼 海岸
 産業・交通
伝統・地場産業 バスターミナル
自動車・バイク
国内線 道風景
航空機
 四季の景色
棚田 桜紀行
春景色 夏景色
秋景色 冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台 祭・イベント
夜景 テ−マパ−ク
趣味悠々 食紀行
 管理人
管理人備忘録 リンク集
日野熊蔵 日本初のパイロット   熊本県人吉市
当時の飛行機(模型)
当時の飛行機(模型)
 日野熊蔵は、明治11年(1878)に旧相良藩士、日野広一の長男として熊本県人吉町に誕生した。14歳で熊本英学校に入学し、20歳で陸軍士官学校を卒業した。陸軍では銃に関する御前講演や日野式拳銃の発明を行うなど、技術部門のエキスパートとして活躍した。
 飛行操縦技術を学ぶため、東京早稲田出身の徳川好敏と共にヨーロッパに派遣され、飛行に関する多くの知識を習得した。そして、帰国後の明治43年(1910)12月14日、ヨーロッパから持ち帰った飛行機(日野熊蔵はドイツ製のグラーテ式飛行機に、徳川好敏はフランス製のファルマン式飛行機)に乗り、東京代々木の練兵場(練兵場跡地は、現在の代々木公園)にて日本人初の有人動力飛行に成功したのだった。
 その後も晩年まで飛行機や兵器の研究と開発を続け、自らも日野式1号機から3号機まで制作したが、全て滑走のみに終わってしまった。昭和12年(1937)無尾翼機をデザイン、昭和17年(1942)には操縦装置の発明で特許を所得している。
 昭和21年(1946)67歳で逝去した。日本の航空界のみもならず、我が国の近代化の発展にも大きな功績を残した。(模型は鹿児島空港にて)
   グラーテ式単葉機(日野熊藏)  ファルマン式複葉機(徳川好敏)
 全幅  10.5m  10.5m
 全長   7.5m  12.0m
 全高   2.0m   4.0m
 重量  225s  500s
 発動機  グラーテ式空冷4気筒エンジン  グノーム式空冷7気筒エンジン
 出力  24馬力  50馬力
 操縦者  1名  2名
人物
伊藤左千夫 緒方洪庵 上野彦馬 井上良馨 板垣退助
大山巌 大久保利通 伊藤博文 青木周弼 ヴォーリズ
芥川龍之介 愛新覚羅溥傑・浩 お龍 大石瀬左衛門 井伊共保
足利義輝 岩崎弥太郎
亀井勝一郎 クラーク博士 国木田独歩 金田一京助・春彦 幸田露伴
賀茂真淵 金原明善 楠部弥弌 小泉八雲 木戸孝允
黒田清輝 金子みすゞ 久坂玄瑞 桂 太郎 勝 海舟
片岡源五右衛門 釜鳴屋平七 狩野元信 金沢翔子
銭形平次 サトーハチロー 西郷従道 白井鐵造 清水次郎長
西園寺公望 志賀直哉 渋沢栄一 西郷隆盛 東海林太郎
島木赤彦 坂本龍馬 ジョン万次郎 佐藤春夫 下田歌子
佐藤一斎 下山順一郎 鈴木三重吉
徳富蘆花 徳田秋声 滝沢馬琴 谷崎潤一郎 武野紹鴎
高蛹虫沽Y 豊田佐吉 竹久夢二 高山彦九郎 徳川吉宗
高杉晋作 高杉晋作 療養の地 東郷平八郎 天璋院・篤姫 寅さん
玉木文之進 坪井九右衛門 田中義一 富岡鐵齋 田沼意次new
新渡戸稲造 野口英世 新島襄 永井荷風 西田幾多郎
西周 永井隆 中島伊勢 中島 登
函館四天王 堀部安兵衛 二葉亭四迷 弘田龍太郎 林芙美子
文之和尚 本間精一郎 日野熊蔵
御木本幸吉 円山応挙 真下飛泉 森鴎外@ 森鴎外A
村田新八 正岡子規 森 寛斎 三善清行 宮沢賢治
モラエス 三好 学
吉田松陰 吉田稔麿 山縣有朋 山鹿素行 山内千代
ヤン・ヨーステン
蓮如上人 頼山陽
渡邊蒿蔵
 
石川啄木 新婚の家 蓋平館別荘跡 函館居住地跡 赤心館跡
喜之床旧跡
坪内逍遙 誕生地 旧居跡
徳川家康 徳川家康(浜松) 徳川家康(静岡)
夏目漱石 誕生地 住宅 旧居跡
樋口一葉 樋口一葉 伊勢屋質店



「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2022 写真紀行 uchiyama.info All Rights Reserved.