写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <歌の舞台を巡る写真紀行

 印象深い景色
坂道 灯台
横丁・小路
街角 通り
温泉
 史 跡
街道 史跡
遺跡 人物
奥の細道 墓地・終焉地
Play Back 城・城跡
 建築・構造物
歴史的建造物 先端建築
神社
教会
漁港 垣根
 自 然
池・沼・湿原 海岸
 産業・交通
伝統・地場産業 バスターミナル
自動車・バイク
国内線 道風景
航空機
 四季の景色
棚田 桜紀行
春景色 夏景色
秋景色 冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台 祭・イベント
夜景 テ−マパ−ク
趣味悠々 食紀行
日曜画家  
 管理人
管理人備忘録 リンク集

赤い靴 きみちゃんの像   静岡・日本平
赤い靴
静岡・日本平から清水を見る 静岡・日本平から清水を見る
赤い靴
日本平にある「きみちゃん」母子の像
 「童謡 赤い靴をはいていた女の子を訪ねて」
 野口雨情の詩になる童謡”赤い靴”をはいていた女の子にはモデルがありました。明治37年(1904)7月15日清水市宮加三(旧不二村・現静岡市)に生まれた「岩崎きみ」がその子です。
 「きみ」とその母親「かよ」とは、故あって北海道にわたりますが、この地で母は、まだ2歳になったばかりのわが子を、アメリカ人宣教師ヒエット夫妻に、その養育を託すさだめとなりました。
 やがて宣教師夫妻には母国への帰国が命ぜられますが、このときすでに、「きみ」は不治の病におかされており、夫妻はやむなくこの幼子を孤児院に残して旅立ちました。
 「きみ」はひとり、癒えることのない病の床にあって相見えることもかなわぬ母を慕いながら、わずか9歳の短い生涯を終えたのでした。
 いま、この女の子は、東京六本木にあり鳥居坂教会の共同墓地に眠っております。私たちは、この幸せ薄い母と子のかなしみに思いを寄せ、母と子をふるさとの地、不二見村を見おろすこの日本平山頂に、再び相いあわせようと考えました。
 ここに全国数万人に及ぶ人々からの浄財を得て、この像の建立ができましたことに、人間の善意と尊厳に大きな感動と希望をおぼえるものであります。
  母と子よ、永遠に安らかなれ
   昭和61年3月31日   「赤い靴」の女の子母子像建設委員会
         (「赤い靴をはいていた女の子」の像の説明文より)

 「きみちゃん」の像がある4つのうち、亡くなった東京六本木、歌詞に詠まれた横浜の波止場、生まれ故郷の静岡県日本平の3つまでたどってきました。いつの日か、母かよさんが入植した開拓農場のあった北海道留寿都村を訪れ、「きみちゃん」と対面したいものです。 
北海道
おれの小樽 襟裳岬(森) 襟裳岬(島倉) 石狩挽歌 網走番外地
霧の摩周湖 花咲港 小樽のひとよ 宗谷岬new
東北
津軽海峡冬景色 五能線 八甲田除雪隊の歌
関東
アメリカ橋 あゝ上野駅 矢切の渡し 無縁坂 たきび
神田川 かもめの水兵さん 鉄道唱歌 男はつらいよ 潮来花嫁さん
伊勢佐木町ブルース 証城寺の狸囃子 銀座の恋の物語
甲信越
早春賦
東海
天城越え 椰子の実 かわいい魚屋さん 人生劇場 すみれの花咲く頃
ふるさとの燈台 喜びも悲しみも幾年月 あゝ霧ヶ城 金色夜叉
近畿
岸壁の母 紅もゆる丘の花 月の法善寺横町 あゝ新撰組 琵琶湖周航の歌
女ひとり 栄冠は君に輝く しあわせ運べるように
中国
関の五本松 春の海 案山子 アオギリのうた 鳥取砂丘
四国
祖谷の粉ひき節 南国土佐を後にして 豪気節
九州
荒城の月 長崎の鐘 あの子 平戸のうた 元寇
坊がつる賛歌
各地
赤い靴 赤い靴(東京) 赤い靴(横浜港) 赤い靴(日本平) 赤い靴(留寿都村)
赤い靴(小樽)



Copyright(c) 2002-2024 写真紀行 uchiyama.info All Rights Reserved.