写真紀行・旅おりおり トップページへ 旅先で出会った印象的な一こま、街角でふと見つけたなつかしい景色などの写真紀行


印象に残る景色
街角灯台横丁・小路
史跡を訪ねる
街道を行く史跡城・城跡
人物奥の細道墓地・終焉の地PLAY BACK
建築・構造物の巧みさ
伝統的建築先端建築神社
テ−マパ−ク垣根
四季の風景
山・峠川・滝湖・池・沼
海・海岸
産業
伝統・地場産業漁港温泉自動車機関車・電車
往来・交通の景観
沿線風景路面電車道風景通り
祭・歌の舞台
祭・イベント歌の舞台夜景
食・その他
食紀行リンク集管理人備忘録

写真紀行・旅おりおり 更新情報

知立の松並木 天皇行幸の推定地(東海道)  愛知県知立市
知立の松並木
知立の松並木 馬市の碑
 慶長9年(1604)江戸幕府は諸国に対し、五街道へ一里塚と並木を設置することを命じた。この知立(ちりゅう)の松並木は、幅7m、約500mにわたり凡そ170本の松が植えられている。側道を持つのが特徴で、この地で行われた馬市の馬をつなぐためとも推定されている。
 また、この松並木の西の地名を引馬野と呼び、大宝2年(702)持統天皇が三河行幸の際詠まれた歌「引馬野爾 仁保布榛原 入乱 衣爾保波勢多鼻能 知師爾 長忌寸奥麻呂」から、浜松市・宝飯郡御津町と共に天皇行幸の推定地とされている。 
馬市の跡
 池鯉鮒の馬市は古来、牛田〜八橋間の野原にあったとする言い伝えがある。その付近に”馬場池”と呼ぶ池があり、70年前頃まで子供達がよく遊びにいったとか。古代万葉集にも「引馬野」の歌があり、その頃から馬の市があったようである。
 江戸時代初期東海道が開け、池鯉鮒宿が設けられて、人々が町に集まってきたことから、慈眼寺を中心にした付近が選ばれ、時には東海道松並木両側にも空き地を設けて、収容し切れない馬をつないだともいわれている。
馬市句碑
かきつばた 名に八ッ橋のなつかしく
蝶つばめ 馬市たてしあととめて
俳人麦人は、和田英作を訪ねてこの地を訪れたことがある。
万葉の歌碑
引馬野に
 にほふはりはら
いりみだれ
 衣にほほせ たびのしるしに
この辺りの地名を引馬野といい、昔時より万葉集引馬野の跡と伝えられている。 

 外部リンク  愛知県観光協会  文化遺産オンライン  歴史街道

地図

関東
東京 日本橋 江戸六地蔵 庚申塚 千住宿
箱根 箱根杉並木 箱根関所 箱根旧街道
日光杉並木
甲信越
和田宿 妻籠宿 東山道 奈良井宿
東海・北陸
浜松 舞坂宿(舞阪宿) 塩の道 姫街道 気賀関所
二つ御堂
静岡 鞠子宿(丸子宿)new 由比宿
島田 金谷石畳 大井川川越遺跡町並
湖西 白須賀宿 新居関所
知立の松並木 七里の渡し 三島の松並木
馬籠宿 御油宿の松並木 琵琶峠石畳 細久手宿 野麦街道
大井宿 関宿 二川宿
近畿
熊野古道 松本峠 馬越峠 大門坂
醒井宿 土山宿 草津宿 愛宕街道 朝鮮人街道
九州
長崎 龍馬通り 浦上街道
各地
宿場名物

コメント
このページへのコメント
コメントを書いてください。


おなまえ:

メールアドレス(任意):

ホームページ(任意):
  設定を保存しますか? はいいいえ  
このページへの コメント:
トラックバック
このエントリーのトラックバックURI: http://www.uchiyama.info/oriori/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/1209




Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

写真紀行・四季おりおり花紀行・花おりおり京都写真紀行写真紀行・海外おりおりの旅

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。
Copyright (C) 2002-2012 写真紀行(uchiyama.info) All Rights Reserved.


昨日 今日 総PV