写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <街道を巡る写真紀行

 印象深い景色
坂道 灯台
横丁・小路
街角 通り
温泉
 史 跡
街道 史跡
城・城跡 人物
奥の細道 墓地・終焉地
Play Back
 建築・構造物
伝統的建築 先端建築
神社
教会
漁港 垣根
 自 然
池・沼 海岸
 産業・交通
伝統・地場産業 バスターミナル
自動車・バイク
国内線 道風景
航空機
 四季の景色
棚田 桜紀行
春景色 夏景色
秋景色 冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台 祭・イベント
夜景 テ−マパ−ク
趣味悠々 食紀行
 管理人
管理人備忘録 リンク集

和田宿 秋葉街道   長野県飯田市
和田宿
和田宿 和田宿
和田宿 和田宿
 秋葉街道の宿場町、旧南信濃村(現・長野県飯田市和田)の中心地である和田。戦国時代は遠山氏の城下町として、江戸時代には秋葉街道の宿場町として栄えた。
 遠山氏は、元和4年(1618))に滅んだが、三代にわたって和田城を治めていた。その城下町は、盛平山と遠山川の間に広がり、和田城の外廓の役割を果たしていた。現在の和田本町地区だったようです。武田信玄は、元亀3年(1572)に遠江(現・静岡県浜松市周辺)方面に向かうため和田を通過している。ここから青崩峠を越え遠江に向かっている。
 明治29年(1896)からは王子製紙による山林伐採が始まる。大勢の山林労働者により、明治・大正期にはこの地域一の大繁華街になった。
和田城 和田城
 遠山郷の領主遠山氏は、多年居住していた名古山・長山城からこの地に移り、天文の末頃(1550)和田城を築いた。
 しかし、遠山氏は元和3年(1617)に家督相続のもつれから家督取締のかどで改易となり、幕府直轄領となった為、武家諸法度一国一城令により、和田城は廃止された。
 その後、慶安元年(1648)家光より龍渕寺へ朱印地として下付され、慶安4年(1651)以後、寺の境内地となっていた。現在、城跡に郷土のシンボルとして郷土館和田城が建設されている。
和田宿 和田宿
 街道のやや小高いところに大きな桜を見上げる。坂道を上っていくと小さな神社の脇に和田宿を見下ろすように咲いている。 
関東
東海道 東京 日本橋 高輪大木戸 札の辻 品川宿
箱根 箱根杉並木 箱根関所 箱根旧街道
藤沢宿
中山道 東京 江戸六地蔵  庚申塚 
日光街道 日光杉並木 千住宿
甲信越
中山道 福島 福島関所 上の段 高札場 山村代官下屋敷
和田宿 奈良井宿 妻籠宿 
東山道 旧遠州街道
東海
東海道 浜松 舞坂宿 二つ御堂
静岡 鞠子宿 由比宿
島田 金谷坂の石畳 大井川川越遺跡町並
湖西 白須賀宿 新居関所
豊川 御油宿 御油の松並木 赤坂宿
岡崎 藤川宿 藤川宿の松並木
  知立の松並木 三島の松並木 二川宿 関宿
日坂宿 岡部宿 有松宿 七里の渡し
見付宿
中山道 瑞浪 琵琶峠石畳 細久手宿
美濃加茂 太田宿 宿の道具 太田代官所(模型)
中津川 馬籠宿 中津川宿 中津川宿・脇本陣 落合宿
落合の石畳
   鵜沼宿 美濃十六宿 大井宿
恵那(岩村) 高札場 下町升形 上町常夜灯 石造物群
中馬街道 街道の出逢い
姫街道 姫街道 気賀関所
野麦街道 四間道 塩の道
近畿
熊野古道 松本峠 馬越峠 大門坂 熊野参詣道
熊野道
東海道 草津 草津宿本陣 草津宿・道標
醒井宿 土山宿
愛宕街道 朝鮮人街道
四国
吉良川町 枡形
九州
長崎 龍馬通り 浦上街道
共通
宿場名物 旅姿・旅道具 旅の持ち物 駕籠 香時計new



「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2022 写真紀行 uchiyama.info All Rights Reserved.