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原爆落下中心地 恒久平和を訴える発信地   長崎県長崎市
原爆落下中心地
原爆落下中心地 原爆落下中心地
 昭和20年(1945)8月9日午前11時2分、1発の原子爆弾が、この地の上空500mで炸裂し、一瞬、73,800人の尊い生命を奪い、76,700人の負傷者を出した。同時に、家屋の焼失11,500戸、全壊又は大破したもの6,800戸、この地を中心として、2.5kmに及ぶ地域が破壊した。その惨状は筆舌に尽くし難い。
 ここに原子爆弾落下の中心地を示すためこの碑を建てる。
       昭和31年(1956)3月     長崎市長 田川 務
原爆落下中心地
 ここは原子爆弾が投下された中心地です。
 この説明板の右側にある黒御影の脊柱はその中心地を示しています。1945年(昭和10)8月9日午11時2分爆撃機B29により投下された原子爆弾はこの地上500m上空で炸裂、爆風と熱線と放射線によって市街地は廃墟と化しました。
 そのため長崎市の北部一帯は全焼し、約15万人の死傷者を出しました。「75年草木の生じることなし」といわれたこの地も今や平和公園として訪れる人々に世界の恒久平和を訴える発信地となっています。(長崎原爆資料館に当時の惨状を示す原爆被災資料を展示しています)
 画像右端は、浦上天主堂遺壁である。爆心地から北東へ約500mの小高い丘にあった浦上天主堂は、原子爆弾の炸裂により破壊され、わずかにまわりの壁を残すのみとなった。この側壁は聖堂の南側の一部で1958年(昭和33年)に新しい天主堂建設のためこの地に移築されたものである。
原爆搭載機長崎へ
 長崎は深い入江に面した美しい港を中心に繁栄し、三方(東・西・北)を山に囲まれた複雑な地形とたたずまいの中に、ポルトガル船入港から原子爆弾投下に至る370有余年の歴史を刻み込んだ、九州最西端に位置する港湾都市であった。
 太平洋戦争の末期、1945年8月9日早朝、西太平洋マリアナ諸島のテニアン基地を飛び立った原爆搭載機B29「ボックスカー」号は、第1攻撃目標の北九州の工業地帯小倉市上空は焼夷弾による煙のため視界がきかず、第2目標であった長崎へと方向を転じた。
 長崎市上空に侵入した「ボックスカー」号は、雲の切れ間に三菱長崎兵器製作所の巨大な工場群を発見、高度3万フィート(約9,000メートル)から投下した原子爆弾は、午前11時2分、長崎市の北部、松山町の上空約500メートルでさく裂した。
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