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萩の舎跡 中島歌子   東京都文京区
萩の舎跡
萩の舎跡 萩の舎跡
 塾主中島歌子(1844〜1903)は、幼名を「とせ」といい、武蔵国入間郡森戸村(一説に江戸日本橋)で生まれた。夫である水戸藩士の林忠左衛門が天狗党に加わって獄死したため、江戸にあった実家の旅人宿池田家にもどった。その後歌子は、桂園派の和歌を加藤千浪に学び、実家の隣に歌塾萩の舎を開いた。
 御歌所寄人伊藤祐命(すけのぶ)、小出粲(つぶら)の援助で、おもに上、中流層の婦人を教え、門弟1000余人といわれた。歌集『萩のしづく』などがある。明治36年(1903)、歌子の死去と共に萩の舎は廃絶した。
 樋口一葉(1872〜96)は、父の知人の紹介で14歳の時、萩の舎に入門した。明治23年(1892)18歳の時、内弟子となり萩の舎に寄宿したこともあった。佐佐木信綱は、姉弟子の田辺竜子(三宅花圃)、伊東夏子と一葉の三人を萩の舎の三才媛と称した。一葉はここで歌作と歌を作るため必要な古典の読解に励んだ。田辺竜子の『藪の鶯』の刊行に刺激されて、近世・近代の小説を読み、半井桃水(なからいとうすい)に師事して、処女作『闇桜』(明治25年)を発表して、小説家の道に進んだ。
 近くの牛天神北野神社(春日1−5−2)境内に中島歌子の歌碑がある。
北野神社・中島歌子歌碑
北野神社境内の中島歌子の歌碑
 北野神社 は、江戸時代金杉天神、俗に牛天神 と呼ばれた。御祭神は、菅原道真 公である。
 縁起によると、寿永元年(1182)源頼朝 が東国経営のとき台地下の老松に舟をつなぎ、風波のしずまるのを待った。夢中に菅神(道真公)が現れて、二つの吉事があると伝えた。お告げの通り男子(頼家)が生まれ、平家を西海に追うことができた。頼朝は大いに喜び、元暦元年(1184)ここに社殿を造営したという。また、夢さめて菅神の立っていた跡に、牛の形をした石(牛石という)があった。(現在は社殿の前にある)
 境内の南側に、中島歌子(1844〜1903)の歌碑がある。歌子はすぐ近くの安藤坂の歌塾「萩の舎」の塾主である。
 門下には、梨本宮妃、鍋島侯夫人や前田侯夫人など、上流中流層の婦人1000余人がいた。樋口一葉、三宅花圃 らはその門弟である。
 歌碑は歌子の死後、明治42年(1909)門下生によって建てられた。
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