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サンタ・マリア 復元帆船   兵庫県神戸市
サンタ・マリア「望楼とアンカー」
復元帆船「サンタ・マリア」 サンタ・マリア
 1492年、ジェノバ生まれのコロンブス(1451〜1506)は、現在の西インド諸島のサンサルバドル島に到達した。 ヨーロッパ世界がアメリカ大陸に到達したのは、このときが最初であり、大航海時代の始まりであると 言われている。
 それから500年目にあたる1992年、その航海に使用された“サンタマリア号”を可能な限り忠実に復元し、 コロンブスが目指したと言われている“黄金の国ジパング”へ向けての実験航海が(財)サンタ・マリア号協会により行われた。
 1991年7月13日、スペインのバルセロナ港を出航し290日間、35000qの航海を経て、1992年4月28日神戸港に 入港した。復元帆船「サンタ・マリア号」は、この実験航海に使われたものです。
 ヨーロッパ世界では、コロンブスのアメリカ大陸への航海の頃から新航路が次々と開拓され、さかんな通商活動を通じて世界的規模の貿易が行われるようになるなど、経済の拡大が始まり、商工業も急速に発達した。 また、アメリカ大陸の金・銀がヨーロッパに大量に流入した結果、価格革命がおこり、 物価が急騰するなど、社会・経済に大きな影響を与えた。 このように、世界商業の重心は地中海から大西洋に移り、独自の文化をもつ諸地域が結ばれ、ヨーロッパ世界の優位のもとに世界の一体化が始まった。
 しかし、一方で、この航海を発端として、アメリカ大陸では、アステカ帝国やインカ帝国などが滅ぼされたのをはじめ、 先住民に対して虐殺や搾取が繰り返され、この地域は植民地と化した。さらに、植民者は領主となって、先住民を金・銀の発掘や 大農場の経営のために強制労働させるなど酷使した。これらの侵略活動や過酷な労働のほかヨーロッパから もたらされた流行病のため、先住民の人口は激減したと言われている。
 以上のように、大航海時代にはヨーロッパ世界が一挙に拡大したが、これには、世界の一体化と同時に アメリカ大陸をはじめ、地球上の各地で植民地化が進むなどの歴史的事実があったことを忘れてはなりません。
 神戸市は、この「サンタ・マリア号」の復元船を、当時の造船、操船、航海技術を知る貴重な資料として、また、近代史を問い直し、21世紀の世界文明のあり方を考えるためのよすがとして、ここに保存する。(1996年4月 神戸市)
サンタ・マリア
 このサンタ・マリアは、船体の痛みが激しくなったため平成25年(2013)に解体された。
 1992年は、コロンブスが新大陸へ到達して500年目に当たるため、スペイン政府は、これを記念して「コロンブス500年記念員会」を設置して多くの文化事業を企画し、世界に向けて参加を呼び掛けた。その中で、コロンブスが夢に描いていた「黄金の国ジパング」への到達を実現させると言う壮大な航海の企画について、日本でも官民をあげて取り組むことになった。
 スペインでコロンブスの旗艦であった「サンタマリア」を復元建造し、日本で公募によって乗組員を募って乗船させ、コロンブスの辿った冒険航海を再現した後、彼が果たせなかった「黄金の国ジパング」まで到達させると言う計画が具現化した。
 その復元帆船「サンタマリア」建造と航海の記録について、その偉業を後世に伝えるため、ここに同船の望楼とアンカーを保存するものである。(現在の解説文)
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