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東京駅の赤レンガ駅舎 丸の内駅舎   東京都千代田区
東京駅の赤レンガ駅舎
東京駅の赤レンガ駅舎
外壁レンガ
 このレンガは、丸の内駅舎の北端角部に建つ八角形の塔部の外壁の一部を切り取ったもの。外壁はレンガ2枚半分の厚みを持つ躯体部分と、化粧レンガを貼った表面からなる。躯体レンガはオランダ積(レンガの小口と長手を1段おきに積む方式)で積まれ、化粧レンガに接する面は凹凸をつけて、これに対して2種類の厚さの化粧レンガを交互に貼り付けて、外壁を平滑に仕上げている。化粧レンガは焼き上がりの色調を揃えるため、カッセル窯という特別の無煙窯で丁寧に焼き上げた。そして、この化粧レンガはドイツ積み(レンガの小口だけを表面に出す積み方)で、均等な大きさの小口を見せている。
 一方、レンガとレンガの間の目地は、見栄え良くするため覆輪目地(ふくりんめじ)(レンガの仕上げ面と同じ面で円弧を描く目地)とした。これは通常の平目地よりも施行に手間がかかる工法で、外壁を美しく見せるためにあえて取り入れている。
 このように丸の内駅舎の美しい赤い色は、部材の選定から工法といった細部にいたるまで工夫が凝らされ、さらに丁寧な施行を行ったことで。初めて実現することができた。
 ところでこの外壁は、戦災で失われた3階部分の立ち上がりに位置し、戦後の復旧工事にあたり3階部分はこのレンガの上面の位置で切断・撤去された。そしてこの切断面の上部に屋根をかけるために、外壁の一部が削り取られ、角材をはめ込みモルタルを流し込んで、屋根を支える基礎部分としたようである。
 このように東京の中心部にあって100年近い風雪に耐え、戦災の被害も乗り越えてきたレンガの姿は、東京駅がたどってきた歴史と積み重ねられた歳月の重みを示している。 
東京駅の赤レンガ駅舎
 東京駅の丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)の外壁に使用されていたレンガです。大正3年(1914)12月20日、東京駅は全国の鉄道網の中心に位置する駅というにとどまらず、帝都・東京の玄関口の役割をも担う駅として、皇居に向き合う位置に開業した。
 当時の建築界の第一人者だった辰野金吾が設計を担当し、6年半もの歳月をかけて壮麗な駅舎が建設された。鉄骨レンガ造3階建て、正面長334.5mという長大な建物で、南側のドームを乗車口、北側のドームを降車口とし、中央には皇室専用の玄関が設けられているのが大きな特徴です。
 建物はレンガ積とし、表面には化粧レンガを貼り付け、腰回り・入口・窓枠・車寄せ・柱型装飾などには花崗岩と擬石漆喰塗りを混用しており、赤いレンガに白い石が色彩的に好対照を見せている。
 太平洋戦争末期、昭和20年(1945)5月の空襲で3階部分と南北のドーム部分を焼失したが、終戦後すぐに復旧工事を行い、2階建て・八角ドーム屋根の姿となった。この姿で長年にわたって親しまれ、平成15年(2003)には国の重要文化財に指定された。
 そしてこの丸の内駅舎を永続的に保存し、恒久的に活用するために建物全体を免震構造とし、外観を創建当時の3階建ての姿に復原する工事が行われた。
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