写真紀行・旅おりおり トップページへ 写真紀行・旅おりおり : 旅先で撮影した景色、建築、史跡、祭、風物等の写真と動画
 <過ぎし日の記憶を巡る写真紀行


 印象深い景色
坂道灯台横丁・小路街角通り温泉
 史 跡
街道史跡城・城跡人物奥の細道墓地・終焉地Play Back
 建築・構造物
伝統的建築先端建築神社漁港垣根
 自 然
池・沼海岸
 産業・交通
伝統・地場産業バスターミナル国内線自動車・バイク道風景
 四季の景色
棚田春景色夏景色秋景色冬景色
 歌の舞台・祭・他
歌の舞台祭・イベント夜景テ−マパ−ク趣味悠々
 管理人
管理人備忘録リンク集

半田東湯 江戸の湯屋のおもかげ   愛知県半田市
半田東湯
半田東湯 半田東湯
 半田東湯は知多半島の港町に造られた風呂屋である。一階奥の浴室に置かれた浴槽は男湯と女湯がつながっており、目隠しだけで仕切られている。
 銭湯は江戸時代以来、地域の社交場として欠かせない存在であって、湯上がりの常連客などは、二階に上がって雑談に時を過ごした。
 湯水を多く使う商売がら、建物の傷みや改造が多かったが、表構え、番台などに江戸の湯屋のおもかげをとどめている。登録有形文化財。
 旧所在地:愛知県半田市亀崎町
建設年 明治43年頃 解体年 昭和46年(1971)
移築年 昭和55年(1980) 建築面積 15坪
構造 木造二階建 寄贈者 疋田孝
(博物館明治村(愛知県犬山市)にて撮影)
半田東湯 半田東湯
半田東湯 半田東湯
 この東湯は、知多半島の先の港町にあった銭湯で、小さな町にふさわしく間口3口のこじんまりした建物です。現代の銭湯に比べ、番台は低く、浴室もタイル張りではなく板張りになっている。
 明治時代には、風呂屋は庶民の暮らしに欠くことの出来ないものだった。ここ東湯にも、地元の漁師や染物職人たちが疲れをいやし、人々と語らうために毎日やって来た。
 男湯の二階には風呂屋の女将、女中等がおり、番茶や菓子が用意され、世間話や囲碁将棋等を楽しむ一もいた。
北海道
日本最古のコンクリ電柱 サッポロビール博物館 北の国から
東北
東日本大震災 田老の大防潮堤 石ノ森萬画館 女川の津波被害
チリ地震津波
関東
東京 東大・安田講堂 駆逐艦の錨 原首相遭難現場 浜口首相遭難現場
戦艦陸奥の主砲 二式大型飛行艇 二重橋飾電燈 東京駅警備巡査派出所
2.26事件 本郷菊富士ホテル跡 戦災の証言者 皇居正門石橋飾電燈
赤坂離宮正門哨舎 零戦 泰緬鉄道C56 旧新橋停車場
鉄道寮新橋工場 北里研究所 日本赤十字社中央病院 宗教大学車寄
東京駅の赤レンガ駅舎 東洋女子歯・医専門学校 ナヒーモフの主砲 萩の舎跡
神田上水路 本郷喜之床 かねやす 第四(本妙寺)校跡
濟生學舎
横浜 ゲーテ座跡 根岸競馬記念公苑 フランス山 北朝鮮工作船
横川駅 昭和の浦安 前橋監獄雑居房 カノン砲 壱岐丸の号鐘
らお車
甲信越
旧松本少年刑務所 御坂隧道
東海
明治村 シアトル日系福音教会 ハワイ移民集会所 ブラジル移民住宅 瓦斯燈
歩兵第六聯隊兵舎 名古屋衛戌病院 第八高等学校正門 半田東湯
名鉄岩倉変電所 自動電話
浜松 戦火を超えた市民の木 ガス燈 旧二俣町役場 火の見櫓
宣戦布告の詔書
ボンネットバス 清水次郎長の船宿 土肥金山 人力車 相良油田
近畿
京都 京都七條巡査派出所 旧二条駅舎 終戦の日の新聞 電気鉄道事業発祥の地
日本映画発祥の地
阪神淡路大震災 阪神大震災跡地 阪神大震災語り部
大井牛肉店 太陽の塔
中国
原爆ドーム 台場鼻潮流信号機 自動電話 旧大社駅
四国
板東俘虜収容所 岬の分教場 防空壕跡
九州
長崎 一本柱鳥居 浦上天主堂 原爆落下中心地 下の川の惨状
聖徳寺灯籠 被爆当時の地層 防空ごう 被爆クスノキ
鉄道発祥の地 運上所跡 湊会所跡
鹿児島 薩摩暦 電信使用の地
特攻基地・知覧 特攻基地・万世 旧第十二師団司令部正門
共通
郵便ポストの変遷 昭和20〜30年 昭和30年代@ 昭和30年代A 昭和30年代B
戦後復興期の物new


Google
WWW を検索 写真紀行・旅おりおり を検索

「写真紀行・旅おりおり」の画像を利用したい場合は、「」より連絡してください。

Copyright(c) 2002-2018 写真紀行 All Rights Reserved.