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四国霊場の中で、本尊を毘沙聞天とする札所は吉祥寺だけで、弘法大師がこの地方を巡教したのは弘仁年間とされる。その折に大師は1本の光を放つ檜を見つけ、一帯に霊気が満ちているのを感得した。大師は、この霊木で本尊とする毘沙聞天像を彫造、さらに脇侍として吉祥天像と善膩師童子像を彫って安置し、貧苦からの救済を祈願して開創したと伝えられている。
そのころの寺は、現在地より南東にあたる坂元山にあった。広い寺域に塔頭を21坊ほども有していたという。しかしながら、豊臣秀吉による四国攻めの争乱に巻き込まれて全山を焼失。その後、末寺であった檜木寺(かいぼくでら)と合併して、現在の地に移り再建されたと伝えられる。 |
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<密教山 胎蔵院 吉祥寺>(きちじょうじ)
この寺には、秘仏のマリア観音という珍しい観音様も保管されている。これはキリストを従えたマリア様の高麗焼の純白像で、高さは30pほどです。もとは、長宗我部元親がイスパニア船の船長から貰い受けたもの。元親がマリア像を知らなかったことから、吉祥天のように美しい観音像として代々伝えられ、徳川幕府のキリスト教禁令にも難を逃れたそうです。それを西城高尾城の金子元宅が吉祥寺に預けたといわれている。
本尊・毘沙聞天坐像は60年に一度開帳の秘仏で次回は西暦2038年。2022年より約1年かけて本堂改修工事をおこなった。
| 本尊 |
毘沙門天 |
| 真言 |
おん べいしらまんだや そわか |
| 宗派 |
真言宗東寺派 |
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| 大師堂 |
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| 山門を入って左側に鐘楼、手水場があり、少し進んで右に庫裏と納経所、左に本堂、その左に大師堂である。 |