 |
|
 |
|
 |
|
縁起では、天平年間、聖武天皇の勅願によって、行基が開基したとされている。その後、弘仁6年(815)に弘法大師が訪れ、本尊の十一面観音像を彫造して安置された。さらに、大師は不動明王像も彫られ、三角の護摩壇を築いて21日間、国家の安泰と万民の福祉を祈念して「降伏護摩の秘法」を修法されたという。この護摩壇の跡が庫裡と薬師堂の間にある「三角の池」の中の島として現存し、寺院名の由来ともなっている。境内の三角の池は、そのときの名残とされている。
また、嵯峨天皇の厚い信仰をうけ、寺領300町歩をいただき、七堂伽藍を備えて寺運は隆盛だったと伝えられる。だが、長宗我部軍の「天正の兵火」に遭い、一部の堂宇を焼失した。現在の本堂が再建されたのは嘉永2年(1879)で、昭和46年(1971)に修復されている。
標高450mの三角寺山の中腹に佇む伊予国最後の札所です。 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
<由霊山 地蔵院 三角寺>(さんかくじ)
本尊は古くから開運厄除けの観音・安産子安の観音さんとして、信仰を仰いでいる。ご祈祷をうけたお守りと腹帯が授けられ、また、「子宝杓子」といって、子宝に恵まれない夫婦が寺で杓子を授かり、仲良く食事をすると子宝に恵まれると伝えられる。子供を授かった後に、新しい杓子と授かった杓子をもってお礼参りをする。
| 本尊 |
十一面観世音菩薩 |
| 真言 |
おん まか きゃろにきゃ そわか |
| 宗派 |
高野山真言宗 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
| 大師堂 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
<小林一茶ゆかりの山桜>
寛政7年(1795)、この寺を訪れた小林一茶が感嘆して「これでこそ登りかひあり山桜」と詠んだといわれる山桜は、仁王門をくぐった左手にあります。樹齢は300〜400年にもなると言われ春には桜花を見に来る人も多い。 |