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日本と和親条約を締結したアメリカ海軍提督M.C.ペリーは、安政元年(1854)5月17日、開港される函館港を下検分するため、5隻の艦船を率いて来港した。
滞在中には、函館湾の海図を作成したほか、銀板写真術(ダゲレオタイプ)の初公開、西洋音楽の吹奏などを行い、当時の人々の驚きの様子が記録として残っている。 |
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このペリー来航が契機となり、蝦夷地(北海道)を統治する函館奉行所の移転先として五稜郭が築造されることになったほか、開港場として欧米文化の影響を受け、函館市が国際観光都市として発展する礎となった。 |
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