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閑院宮家は江戸時代の四親王家(伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家、閑院宮家)の一つで、最も新しく宝永7年(1710)に、東山天皇の皇子直仁親王を始祖として創設された。第118代後桃園天皇が安永8年(1779)に急逝したため、9才で閑院宮家出身で皇統を継いだのが光格天皇です。創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失し、その後再建されているが、現在の建物との関係など詳しいことは不明です。
邸宅は宮家が東京に移った明治10年(1877)以降、華族会館や裁判所等に使用され、明治16年(1883)、宮内省京都支所が設けられ、屋敷も建てかえられたといわれている。 |
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